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震災後のデマを検証

 昨日に引き続いて、震災後に飛び交ったデマについてです。

現地に住んでいる中国人達が徒党を組んで窃盗をはたらいている。

という噂を聞いたのは事実です。



また、津波の為に避難した後に家に一旦戻ってみると盗難にあったという人の

中で、 ”盗んだのは中国人だ。”と不思議なまでの確信を持って断定した人もいました。



こういった噂以外にも、地震直後の過密状態の避難所で加工業などに研修生という名目で

町に働きにきていた中国人達がルールを守らない。 中国人達で固まっている。


などという理由で直接不満を訴える人や白眼視する雰囲気が広がったと聞いています。





ですが、言葉もままならない外国であのような未曾有の惨事にあう心細さという物を

外国に暮らす私達であれば容易に想像できると思います。


周りの人の言っていることが分らないのであれば尚更同じ国の人同士で固まろうとするので

はないでしょうか?? ましてや彼らの多くはまだ頬も赤いような若者達が中心なのです。




これは津波が来た日に私の妹が見たことなのですが、


その日の夜遅く赤ちゃんが眠った後、病院の周りを歩いていると中国語で話す声が聞こえて

来たのだとか。 ちなみにうちの妹は中国語ができます。



どうやら病院の人が避難して来た人の為に。と置いていた病院のシーツを

使ってよいのか、どうかを躊躇していたようなのです。



妹が声をかける前にその中国人の女性はたどたどしい日本語で”寒いのでシーツを使っても

良いか? ”と聞いたようで、無事シーツを手に入れることができたのだ姿を見て



妹曰く、そこに置いてあるシーツは自由に使ってよいという情報は夜になる前に周知されていた

事だったのですが当然ながらそれは日本語で周知されており、日本語が片言の彼らは

夜中になるまでその情報を知らなかったようなのです。



異国の地で自分の国では経験した事のない災害にあい、寒い思いをしながら明かす夜。

妹は自分も異国に暮らす経験を持つので、その不安が理解できて、この子達も大変な

思いをしているんだ。と思ったそうです。




それから病院を離れて大勢がいる避難所の事も、うちの妹が見るところでは、何人かの人が

批判するように、救援物資をいくつも貰おうとしているのではなく

自分のではなく、仲間の分も貰ってあげよう。としているのにそれをうまく説明できな

かったり、心細くて彼らだけで固まって焚き火などをしているのを徒党を組んでいる。

と思われたりしたのではないか?と言っていました。



わたしの家族が知る限りでは町内においては中国人が何か悪い事をしたという事は確認

されていない。という事でした。



地震から1週間ほど経って中国大使館がバスをチャーターして地域で働く中国人を帰国させ

るべく迎えに来るまで彼らもさぞ心細い思いをした事だろうと思います。




私の妹は彼らがものすごく嫌な思いをして帰ったのではないか?と度々気にしていました。

私ももしもスペインでそんな目にあい、まして窃盗を働いているなどという噂を耳にしたら

それは傷つくだろう・・・・と思っていました。



でも、実は中国ではこんなニュースが取り上げられていたのです。 こちら


この話しはいくつかのメディアでも取り上げられていましたし

先日 温家宝首相が名取に来た際にも言及されていました。


中国でもこの話しは取り上げられているらしく、あちらの報道では首相自ら女川町を

訪れたい。と打診したらしいのですが、受け入れ態勢などの関係で町が断ったとか・・・

なんとか。



そして震災から一ヶ月程たってから、研修生の多くが暮らす中国の大連の関係者の方が

町を訪れて、少なからぬ額の義援金を渡していったのだとか。



そしてお隣台湾の人達もこの報道を聞いていたく感激し、亡くなられた方の名前を冠した

バスを町に寄贈したのだとか・・。




この亡くなられた方が専務を勤める佐藤水産には私は随分お世話になりました・・・。



というのもこの会社は生うにを加工している会社でなのです。



私は生うにに目が無いんです。何はなくても生うに。


実家に帰ったとき、母が ”最後に何食べたい?”と聞いてきたら


夏の間であれば”生うに”と即答するくらいでして・・・。



ここの会社にちょっとした知り合いがいたので、随分とおまけしてもらいました。


アンヘリートも随分良い思いをしました。彼はスペインで最も良いうにの味を知っていると

言っても過言ではないでしょう。 


だって、殻付きのまだ動いているの食べれる人なんてそういないですから・・。


あの美味しいうにがまた食べられるようになる日が一日でも早く来るといいな。


この佐藤専務のおかげで、どうやら女川町の事を苦い思い出として感じている人はいない?

ようで、本当に安心しました。



思えば関東大震災の時には朝鮮人や中国人に纏わるデマが飛び交い、亡くなった方もいたの

です。それから90年。 こういった外国人に対するデマや白眼視は残念ながらまだ残って

いる物の、それでも大きな変化があるという事です。

人間は過ちから学ぶ事ができるんだと言う事なんですね。




最後に、研修生を逃がした後に亡くなられた佐藤充さんのご冥福を心よりお祈りします。


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被害を免れた場所では何事もなかったようにツツジが満開でした。


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by melodynelson-2812 | 2011-05-29 04:30 | 東北復興へ向けて
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