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お正月っつぁん


 今年も残す所僅かとなりましたね。



12月も日本に行っておりまして、こちらに帰ってきてからも仕事だなんだとクリスマス


どころではなくてバタバタしたおりましたが・・。


年末年始はマドリッドにおります。


が・・・・ 引き続き女川の記事を続けたいと思います。







今年最後の女川滞在。



ここに帰って繰るたびに昔から必ず訪れる場所に行ってみた。



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長くて急な階段をいつもの様に一気に駆け上ろうと試みるも





ぜーっ、ぜーっ 



途中で息が上がる008.gif


3月以降 定期的な運動をしていないんだから当たり前なのだが。。。(反省)



来年こそは運動を再開だ・・・と決意を固めつつたどり着いたのは




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神社。





ここは私の実家のあった場所からもすぐ近いし、このいかにも海を見下ろす感じの


小さな港町らしい神社の趣も好きだし、




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階段を上り下りすると良い運動にもなるし・・・





何よりも・・・





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ここから見る港の風景が大好きだった。





この港に入る前の入り江の先端部分には左右に白灯台と赤灯台が立ってて




その灯台は両方とも今回の津波で根こそぎ破壊されてしまったけれども




その灯台の間を定期船や漁船やさっぱ船と言われる近隣の漁師達が乗る小型船




がスルスルと静かに入り江を通って港に入ってくるの見るのが好きでした。




5月の初めにここに来た時は破壊された港には当然ながら一艘の船もなく




反対に陸地や建物の上になんの脈絡もなくひっくり返った船が横たわっていて



死んでしまったように全ての動きを止めてしまった港を見ながら





”なんて恐ろしい事が起きたんだ。”と悲しいやら恐ろしいやら腹ただしいやらで・・




今も港は陥没したままですが、船着場は嵩上げ工事がされて



近くの離島への定期船も通常運航ではないものの再開されています。



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船の数は未だに少ないながらも港をスルスルと進む船を見るとまるで港が息を吹き返した



かのようだ。




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この神社の下にある建物は海抜17メートルに建てられた町立病院で



私の家族をはじめ大勢の町民が津波の警報が出た後に駆け込んだ場所なのだけれども



ここの建物の1階部分まで津波が押し寄せたのです。



病院の駐車場にいた人や神社の階段下で様子を見ていた人達は慌てて


この階段を駆け上がって津波被害から逃れたわけで


津波が引いた後もここの社務所内に長期で避難した人もおり




文字通りこの神社は人々を守ってくれたのです。







感謝の気持ちを込めて  お参りする



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誰かが持って来た多分持ち主が不明の大黒様の木彫りにも



頭を下げる。 


女川を何卒よろしくお願いします。。。。





実は距離的にはここの神社の方が実家(跡)は近いものの何故か家はここの神社の氏子


ではなくて、ここよりも少し離れた神社の氏子なのです。





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うちの神社は病院裏の神社よりも低い場所にある為、神社への登り階段もズタズタで、



神社そのものも津波をもろに受けました。




不幸な事に地震後ここの神社に避難された人もおり、その中には犠牲になられた方もいます。





犠牲になられた方がいるということでこの神社の再建を決めるまでには色々と議論がありましたが




氏子さん達からの呼びかけで、この神社も再建する事が決まりました。



当然ながら再建には相応の費用が必要となり、未だに費用捻出の目処はついていませんが



先日は ”白山神社を再建させる会”も結成され今後、再建にむけて活動していくようです。








実は宮城を中心に東北の一部では  ”お正月っつぁん(お正月さん)”を迎える儀式というのがあります。



その儀式には神社の役割が大きく、この辺りの住民にとっては神社というのはかなり重要なのです。



鎮守神社から配られた新しい札を神棚にお供えし、神棚周りにも習わしに則ったお飾りをします。



古いお札や使ったお飾りなどは「どんと祭り」と呼ばれる行事の日に大きな火を燃やして



お炊き上げをします。



無形文化財でもある 大崎市の裸祭りなどは有名などんと祭りのひとつです。




これがお正月さん(お正月っつぁん)を迎える一連の行事なのですが、





昨今は、お正月の準備よりもクリスマスの準備に熱中する傾向にありますが



この辺りでは未だにお正月っつぁまを迎える準備の方に重きを置かれており



実は私も小さい時からこのお正月の準備の方がワクワクした物です。



家の中のお札を張り替えたり、神棚に貼る神様の絵を見たりするのも楽しいし、



色とりどりの繭玉に、大判とか招き猫の描かれた紙を括りつけるのも工作みたいで楽しかった・・






今年はうちの両親は仮設住宅住まいでもあり、神棚もないので



”お正月っつぁん” を迎える儀式はどうやらしないようです。




身内に不幸があった家は ”お正月っつぁん”を迎えられません。







私が女川で写真の洗浄作業を一緒にしていた私と同世代の男性もお母様を亡くされたので



別れの挨拶の時はどう言うべきかちょっと迷いましたが





”今年はお正月っつぁまは来ないけど、でもきっと来年は今年よりは良い年になるはずだよね



良いお年を”


と言うと



”今年より悪い年って事はまさかないよなぁ。”と言って





人懐っこそうな笑顔を浮かべて”良いお年を”と向こうも返してくれました。





二人とも、本当に絶対良い年が来るに違いない。って心から信じてる。そんな挨拶を交わしました。



皆様もどうぞ良いお年をお迎え下さいませ
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by melodynelson-2812 | 2011-12-30 00:42 | 東北復興へ向けて
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