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ALARAの原則



いつかこういう発言がどこかで出るだろうとは思っていたのだけど、



やっぱり  出ました ・・・・。




いわき市長のパチンコ発言



賠償金を受けて働かない人もいる。パチンコ店も満員だ






実を言えば 「被災者が働かずに昼間からパチンコ」や「パチンコ屋は平日の昼間も一杯だ」


というような話しは随分前から 石巻管内でもまあ、言われている事で


多分、気仙沼や宮古あたりでも同じ事が言われているはずです。




そもそもお見舞金などの給付が決まった時点で被災者間でも



”パチンコに金つぎ込む人出てくるべな、こりゃ。。”


と冗談が出たくらいですから。



そもそもが・・ 田舎では




働かない → 臨時収入  と来たら




パチンコ 





全く罪な遊興です。  パチンコってやつは。。





とはいえ、



やはりこのいわき市長の発言は 乱暴すぎるなぁ。




と思わざるをえない。



いわき市内にパチンコ屋がいくつあるのか知らな知れないけれども、二万人をこす双葉郡の


避難者達のうちの一部が何度か通ったからと行ってこんな大雑把な表現をしなくても。




そもそもが、自分の故郷を離れた人が住み慣れない土地に住み将来が見えない



そんな中で昼間からパチンコに興じているというそんな状況を想像するとあまりに



切ない気持ちになって、 頭を掻き毟りたくなる・・。 



共感性というか想像力の無さももちょっと無神経に感じます。




それに、勿論避難されている方の多くは昼間からパチンコに行っているわけでも



働かないわけでもないのだし、誰もかれもを一緒くたにするような発言はあまりに雑すぎる。




茶飲み話しならまだしも、市長の言うべき事ではない。










それにしても震災以降、こういうような ”乱暴な言論 ”が増えたな~。。と



つくづく嫌になる。



東電や国、自治体など責めるべき相手が明確化したからなのか、



それともやはり 不安の裏返しなのか、




それは分からないけれどもとにかく 扇情的で乱暴な表現がエスカレートをしている気がする。




上記のいわき市長もきっと ”いわき市民も同じ事を言っている”からと、



”市民の声 ”を 盾にしてこのような事を言っているのかもしれないけど



善良な市民という絶対的な自信を盾にすればどんな事をいっても良いし正しいと


思っているかのような傾向、 



無関心も嫌だけど、同じようにこちらも嫌だな~と思う。




それと同時に、勿論 いわきに元々住む方の事を思うと”自分達の生活だって大変なのに。”


という気持ちがあるのだろう事は痛い程わかる。



福島県内は色々な意味で大変なのであろう事は容易に想像がつく。






そんな乱暴な言説にちょっと嫌気が差している私が最近注目しているのは




こちらの活動です。




エートス福島
 
(クリックして下さい。)





とにかく4月7日の 「第一回住民交流会考察」の一文を読んで頂きたいのですが・・



被災地域においては、行政対応、マスメディア等の報道、あるいは、被災地域外からの様々な情報等によって、さらに翻弄される状況になっています。
自己決定権が損なわれている状況、と言い換えられると思います






私が乱暴だな~と思う言説の多くが、福島の汚染状況に関してや低被爆への危険性に関するもの


でした。


大抵の場合それは ”福島に住んでいる人の為に!”という善意からの意見だったとしても




”こんな乱暴で扇情的な表現では結局は福島の人の為にはならないのではないか?”と



常から思っていました。




そう、まさに翻弄するだけ。






そして何よりもそこには多くの場合実際に住んでいる人達の視線という物が全くなくて


各々の自主性というものへの尊重があまり感じられないと思ってきました。




ただし、ここで重要なのは、知識のやりとりを媒介としながら、実は、知識そのものは主ではない、という点です。
自分たちがわからないことを、専門家が一度受け止め、それに対して向き合って説明してくれている、と感じる事による信頼関係の構築が重要だったのだと思います




大切なのは丁寧に情報を説明してくれる事、それを共有する事 信頼関係を築く事。



扇情的な言葉でむりやり揺さぶるようなやり方では一生信頼関係など築けないでしょう。




この方の文章の最後に



どう感じるかは自由、とだけ述べるのでは、突き放した姿勢とも受け取られかねません。
ここで、この現実をそのまま放置するのではない、減らせるものは減らしていこう、と言う事は、被災地域の住民へ寄り添う=連帯する姿勢を明らかにする事になります。
減らしていく方法を一緒に考えてやっていきましょう、と言う姿勢をとることによって、住民側は、自分達の自己決定権を尊重しながらも、寄り添ってくれようとしているのだ、と感じ、それまでの説明内容についても、すんなりと受け容れられるようになる気がしました





最後に ”よりそう=連帯 ”という言葉が出てきた事に感動しました。


寄り添う。震災後に何度も聞かれた言葉ですが、時としてあまりに安易に使われすぎていると



思っていましたが



この方達のエートス福島の活動には真の意味での寄り添いをしながら生活をしていこう。


といういわきや郡山に実際に住み続けている人達の強さや知性を感じました。





現在エートスの会員は 原則的に福島在住の方だけのようですが



このような活動は直接的に自分の生活には関係ないように見えて問題へのアプローチの


仕方としても、また自分自身の放射線被害の情報収集の為にも



万人が興味を持てる活動なのではないかと思っています。



そうそう、


上記ブログ文中内のALARAというのは



As Low As Reasonably Achievableの略で



合理的に達成可能な限り被ばく量を低減するという原則と訳されているようです。



この合理的という訳にちょっと違和感を抱くのですが、



東北でいう ”あんべい(塩梅)良いぐれえ”というような事なのだと思っています。




長い文章になりましたが



最後に数年前に撮った写真をアップします ♪♪




奈良じゃないですよ。 名勝 金華山(石巻市)の5月です。



金華山といっても山ではなくて、無人の島なんですけどね。。 いいとこです。


ここの鹿がこれまた フリ~ダ~ムすぎて笑いました。



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by melodynelson-2812 | 2012-04-16 02:42 | 東北復興へ向けて
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