カテゴリ:東北復興へ向けて( 33 )

ALARAの原則



いつかこういう発言がどこかで出るだろうとは思っていたのだけど、



やっぱり  出ました ・・・・。




いわき市長のパチンコ発言



賠償金を受けて働かない人もいる。パチンコ店も満員だ






実を言えば 「被災者が働かずに昼間からパチンコ」や「パチンコ屋は平日の昼間も一杯だ」


というような話しは随分前から 石巻管内でもまあ、言われている事で


多分、気仙沼や宮古あたりでも同じ事が言われているはずです。




そもそもお見舞金などの給付が決まった時点で被災者間でも



”パチンコに金つぎ込む人出てくるべな、こりゃ。。”


と冗談が出たくらいですから。



そもそもが・・ 田舎では




働かない → 臨時収入  と来たら




パチンコ 





全く罪な遊興です。  パチンコってやつは。。





とはいえ、



やはりこのいわき市長の発言は 乱暴すぎるなぁ。




と思わざるをえない。



いわき市内にパチンコ屋がいくつあるのか知らな知れないけれども、二万人をこす双葉郡の


避難者達のうちの一部が何度か通ったからと行ってこんな大雑把な表現をしなくても。




そもそもが、自分の故郷を離れた人が住み慣れない土地に住み将来が見えない



そんな中で昼間からパチンコに興じているというそんな状況を想像するとあまりに



切ない気持ちになって、 頭を掻き毟りたくなる・・。 



共感性というか想像力の無さももちょっと無神経に感じます。




それに、勿論避難されている方の多くは昼間からパチンコに行っているわけでも



働かないわけでもないのだし、誰もかれもを一緒くたにするような発言はあまりに雑すぎる。




茶飲み話しならまだしも、市長の言うべき事ではない。










それにしても震災以降、こういうような ”乱暴な言論 ”が増えたな~。。と



つくづく嫌になる。



東電や国、自治体など責めるべき相手が明確化したからなのか、



それともやはり 不安の裏返しなのか、




それは分からないけれどもとにかく 扇情的で乱暴な表現がエスカレートをしている気がする。




上記のいわき市長もきっと ”いわき市民も同じ事を言っている”からと、



”市民の声 ”を 盾にしてこのような事を言っているのかもしれないけど



善良な市民という絶対的な自信を盾にすればどんな事をいっても良いし正しいと


思っているかのような傾向、 



無関心も嫌だけど、同じようにこちらも嫌だな~と思う。




それと同時に、勿論 いわきに元々住む方の事を思うと”自分達の生活だって大変なのに。”


という気持ちがあるのだろう事は痛い程わかる。



福島県内は色々な意味で大変なのであろう事は容易に想像がつく。






そんな乱暴な言説にちょっと嫌気が差している私が最近注目しているのは




こちらの活動です。




エートス福島
 
(クリックして下さい。)





とにかく4月7日の 「第一回住民交流会考察」の一文を読んで頂きたいのですが・・



被災地域においては、行政対応、マスメディア等の報道、あるいは、被災地域外からの様々な情報等によって、さらに翻弄される状況になっています。
自己決定権が損なわれている状況、と言い換えられると思います






私が乱暴だな~と思う言説の多くが、福島の汚染状況に関してや低被爆への危険性に関するもの


でした。


大抵の場合それは ”福島に住んでいる人の為に!”という善意からの意見だったとしても




”こんな乱暴で扇情的な表現では結局は福島の人の為にはならないのではないか?”と



常から思っていました。




そう、まさに翻弄するだけ。






そして何よりもそこには多くの場合実際に住んでいる人達の視線という物が全くなくて


各々の自主性というものへの尊重があまり感じられないと思ってきました。




ただし、ここで重要なのは、知識のやりとりを媒介としながら、実は、知識そのものは主ではない、という点です。
自分たちがわからないことを、専門家が一度受け止め、それに対して向き合って説明してくれている、と感じる事による信頼関係の構築が重要だったのだと思います




大切なのは丁寧に情報を説明してくれる事、それを共有する事 信頼関係を築く事。



扇情的な言葉でむりやり揺さぶるようなやり方では一生信頼関係など築けないでしょう。




この方の文章の最後に



どう感じるかは自由、とだけ述べるのでは、突き放した姿勢とも受け取られかねません。
ここで、この現実をそのまま放置するのではない、減らせるものは減らしていこう、と言う事は、被災地域の住民へ寄り添う=連帯する姿勢を明らかにする事になります。
減らしていく方法を一緒に考えてやっていきましょう、と言う姿勢をとることによって、住民側は、自分達の自己決定権を尊重しながらも、寄り添ってくれようとしているのだ、と感じ、それまでの説明内容についても、すんなりと受け容れられるようになる気がしました





最後に ”よりそう=連帯 ”という言葉が出てきた事に感動しました。


寄り添う。震災後に何度も聞かれた言葉ですが、時としてあまりに安易に使われすぎていると



思っていましたが



この方達のエートス福島の活動には真の意味での寄り添いをしながら生活をしていこう。


といういわきや郡山に実際に住み続けている人達の強さや知性を感じました。





現在エートスの会員は 原則的に福島在住の方だけのようですが



このような活動は直接的に自分の生活には関係ないように見えて問題へのアプローチの


仕方としても、また自分自身の放射線被害の情報収集の為にも



万人が興味を持てる活動なのではないかと思っています。



そうそう、


上記ブログ文中内のALARAというのは



As Low As Reasonably Achievableの略で



合理的に達成可能な限り被ばく量を低減するという原則と訳されているようです。



この合理的という訳にちょっと違和感を抱くのですが、



東北でいう ”あんべい(塩梅)良いぐれえ”というような事なのだと思っています。




長い文章になりましたが



最後に数年前に撮った写真をアップします ♪♪




奈良じゃないですよ。 名勝 金華山(石巻市)の5月です。



金華山といっても山ではなくて、無人の島なんですけどね。。 いいとこです。


ここの鹿がこれまた フリ~ダ~ムすぎて笑いました。



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by melodynelson-2812 | 2012-04-16 02:42 | 東北復興へ向けて

女川復幸祭・遊びに来てください




  事後報告で申し訳ないのですが・・





先週の日曜日、 3月18日に




女川復幸祭が開催されました。



復幸祭HP(詳しくはこちらを・・)




この復幸祭は、女川町が震災後初めて町外の人向けに行う観光イベントでした。




無料のシャトルバスを用意したり無料の焼きサンマの配布があったりと



今まで支援をして頂く一方だった女川町民が逆に町外から訪れてくれる人に



楽しんでもらい、そしてあわよくば町の事を知ってもらい町の物産も知ってもらう。という



そんな目的のイベントでした。



お陰様で一万人を越す来場者を記録し、


大成功と言える形で終了しまして


主催した女川町商工会の方も大変満足されていました。



そして何よりも震災から一年と一週間経って、



自分達で復興していくぞ!!という新たな気持ちになれたのではないかと思っています。




実は私は残念ながら仕事の都合で日本にはいたのですが


祭りへの参加はできず・・無念007.gif




ですが、あちこちから情報は入ってきておりまして。。。



この日に行われたイベントのプログラムがなんか・・ちょっと笑えるんですけど。



演歌歌手の 山口ひろみ歌のショー。というのは女川らしくて良いと思うし。、



ご老人達さぞかし楽しめた事と思いますが・・・




鉄オタアイドル 木村裕子さん



鉄オタトークショー





あかつくんのショー。




あ、あかつくんの すもササイズ知らない方は
これ見て下さい。






もう~、大好きになってしまいました。



あかつくん(郡山出身だそうな・・ますます親しみ053.gif





北海道テレビの 「水曜どうでしょう」のディレクターの方による


トークショーと歌。



残念ながら大泉洋は登場せずでしたが・・・。



このお二人のディレクターの方の女川町との距離の取り方は非常に気持ちの良いものを感じました



オフィシャルブログの日記、良かったら読んで見て下さい。


水曜どうでしょう





そして勿論ご当地ヒーロー



リアスの戦士イーガーショー


と盛りだくさん。




なんか、主催者側の趣味が反映されているな~。。。ハハ。(好きだけど)





ちなみに現在はまだ女川駅までは運行されていない石巻線。





キハ40系という田舎臭ムンムンな一両(もしくは二両)編成の電車で運行されていて



あ、前回の記事でお墓まで投げ出されていたあの車両ですけど。。



その石巻線の終点。



そこから先にはもう鉄道はない。海におちるばかり。という終点の駅だったので



鉄オタさん達にはひそかに人気だったんですよ~。





この日は記念切手も販売されていました。(欲しかった。。)





鉄オタさん達が盛り上がり、あかつくんに大笑いし、「水どう」の人達と歌う。




女川の人も他所から来た人達も一緒に笑う。




これが大事なのではないかと思うのです。





正直、震災一周年前の ”被災地からの映像”とにかく悲しみにくれる人達の映像を垂れ流し、



あわよくば都合よく編集した美談を流して、その後のフォローは無し。



というような番組の嵐に辟易していました。




確かに町は未だに廃墟のようだし、悲しみにくれる気持ちもあるけれども





それと同時に一年経って





”前に進むぞ”という気持ちもあるし、人間って悲しい時でもくだらない事に



笑ったり、楽しんだりできる。 




今回女川・雄勝・南三陸を周ってそういう力強さを感じました。





決して泣いてばかりいる可哀想な”被災者”という訳ではないのです。








悲しんでいる人を救いたい!!!とか肩に力を要れず、




”どれ、ちょっと行ってどうなったか見てみるか、ついでに美味しい物でも・・”



くらいのノリで来てくれた方が今の状況にしっくり来る気がします。



そして私が嬉しかったのは




焼きサンマの無料配布




これはかつての女川のイベントを思い出されて嬉しいなぁ。



かつてはイベントといえばサンマの無料配布やら銀サケの荒汁の試食やら何かと気前の良いのが



女川のイベントの特徴でした。




震災以降 全国の方から炊き出しやら支援物資やら貰いっぱなしで・・・



ありがたい反面。 やはり物を貰うという行為は”非常時”である事の証明。




いつかはこちらからお返ししたいと、感謝の気持ちと悔しい気持ちが入り混じった感情、



女川の若者達は多かれ少なかれ感じていたと思います。









それが、この日はどうぞ召し上がって下さいと彼らが名産を振舞う。


嬉しいじゃないですか






これは個人的な意見ですが、気の毒な人達というカテゴリーに当てはめて腫れ物に触るように接した



り、物をやみくもにあげたりするフェーズはもはや過ぎたのではないかと思っています。




というかじょじょにそういったフェーズを抜け出すようにしていかないといけないと思います。




支援する方もされる方も。




これからはむしろもっと違った支援や関わり方を考えるフェーズにあるのでは?と



一年と一週間後に行われた祭りの成功を見て強く感じました。



そうそう、この日に会場のお手伝いに来てくださった



神奈川のボランティアの方々。(こちらを読んでみてください)


かなボラお知らせ



主催者からの大量の差し入れに驚き、海のみえる大浴場を堪能し、



帰りは”まりんぱる”でお買い物。



ボランティアといえども女川滞在を満喫しています。



こういうスタンス、良いと思います。







そして、祭りの成功の為に裏方として支えてくれた神奈川ボランティアの方達に心から感謝。





そうそう、女川に何度も支援に来ている東京在住の女性と女川の人達と




ある日数少ない女川の夜営業のお店でお酒を飲みましたが




彼女は”石巻・女川に来るのが楽しくてしょうがなーい。”と言い




どんどん人間関係を広げて、そして再開していくお店で三陸グルメを堪能して帰っていきます。




今回のお祭りでもメロンパンを売っていました049.gif(そう無料では配りません。)



眉間に皺を寄せて”支援とは・・”とごちゃごちゃいうよりも来るのが楽しいとか




女川(や石巻や南三陸を・・)が好きだ!と思ってくれるくらいの



関係がこれからは必要なのでは?と思っています。










そうそう今はこんな地図も作られているんですよ。



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女川を訪れてくれた方に既に再開されているお店や食堂の紹介をしています。



今はまだ紹介されているお店は少ないですが、これからどんどんこの地図に加えられていく



お店が増えるはずです。



ま、この提示版の横は



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なんだかこんなガラーンとした風景と海が広がるばかりですが



それでも元は町の中心部だった所にこの案内図を貼ったやる気が頼もしいと思います。





そうそう、目下の問題は宿泊施設が少ないという事なのですが


これもおいおい復興していく予定であります。



次の女川町の祭りは五月の予定です058.gif


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万石浦湾の養殖もどんどんはじまっていますよ。
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by melodynelson-2812 | 2012-03-22 02:12 | 東北復興へ向けて

春彼岸 あっちとこっち繋がっているんだな~




 寒さ・暑さも彼岸まで。と言いますが



雪が多かった今年。春彼岸が来ます。



去年の今頃は彼岸どころの話しでもなかったのですが、今年は少し早いと思いつつ



私がいる間にと、ぐずぐず天気が続く日の合間、晴れの午前中に




母とお墓の掃除にやって来ました。







全く唐突なのですが、小さい頃 ”お墓で転ぶとお墓から帰れなくなる”と



大人から言われていた為子供の頃お墓では足元に全意識を集中させていたのですが



これってどこでも言われている事なのでしょうか???





それともあの頃足元の悪いお墓が多かったので、周りの大人が落ち着きの無い子供を走らせない


為に考え出した”大人の知恵”なのでしょうか??





三つ子の魂百まで。で、私は今でもお墓に行くと転ばないように細心の注意を払います。








ここは母方のお墓なのですが、ここのお墓は女川の駅から近くてそして大きく広がった湾岸部とは


反対に奥に進むにつれて細くなる地形の為に波の威力が強かったのか被害も大きかった場所なので



去年の五月頃までは流された電車がみごとに突っ込んでいた墓所でして・・




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去年のお盆に来たときはみるも無残になぎ倒されたお墓や



地震のせいで不規則な方向に倒れているお墓が多かったのですが


一周忌の前にとお墓の修理をされた方が多かったのか、かなりの数のお墓が元通りに立てなおされて


いました。




ちなみに倒れたお墓を立て直すのってあれ、大掛かりな機材を使わないと無理ですね。



力自慢の力士4人集まったところでお墓をうまく立てのすのは力意外の技術が必要になるんです。




今回そんな事を学びました。





墓所近くに車を止めてから



お墓の周りを掃くための”ほうき”を忘れた事に気づき



その迂闊さを後悔しながら坂を昇って母方の墓所にたどり着くと



自分の所の墓所の近くにある母の親しい友人の墓所用にと、杉の木にくくり付けられた


ほうきを発見。




”ちょうど良い。Mちゃんちのほうきを借りよう!”と言い



母の友人が眠るお墓に


”ほうき貸して下さい”と断りつつ 手を合わせる。



母はついでに



”なんで津波で死んだりしたの。いなくなってしまってつまらないよ”というような事も呟く。





きっとお墓の水は出ないだろうと踏んで容器に水をいれてうんしょ、うんしょと運んで来たのに




実は墓所のお水が出る事に驚きつつ、




それではとお墓の掃除、草むしりを始める。






お墓の掃除は楽しい。というと不謹慎に聞こえるかもしれないけど



お墓の草をぶちぶちむしっていると



会った事もない祖母や祖父や叔父やその他の自分の先祖と今ある自分の存在は



確実に繋がっているんだと感じる事ができる。





草の間に縮こまっている小さいデンデンムシを発見したりするとますます身体的な感覚として



あっちとこっちで繋がっているんだと感じる。





亡くなった人との繋がりを身体的な感覚で感じるって機会はそう多くない。





ついでに偶然に借りた亡くなった方がくくり付けたであろう箒でもって杉の葉っぱを



掃いている時もその繋がりを感じる。






津波の直後に父の従兄弟や母の弟がいの一番に気にしたのも”先祖のお墓”の事。



三陸のこの辺りはなんというかそういうのをすごく気にする傾向にあるんです。



これは海というままならない物を相手にしてるが故に ”あっち”への感覚が都会暮らしの



人よりもどうしても身近だからなのですかね・・・。





高台の墓所からは私の大好きな風景が見える。




緑に輝く女川湾。


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それにしても建物の解体は容赦なく進むね・・・





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しょうがない。




感傷に浸っている場合ではない。



一歩ずつ 確実に、だ。
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by melodynelson-2812 | 2012-03-18 00:42 | 東北復興へ向けて

ちょっとずつ




  前回のブログ記事のコメントのお返事もしていないのに大変恐縮ですが次の記事を・・・





失礼ながらお返事は後日ゆっくりとさせて頂きます040.gif





今週の頭から女川に帰ってきているのですが





なんだ、かんだとこちらにいると忙しくて。。。。






一日があっという間に過ぎてゆくんです。





仮設住宅に畳が入るという事で置いてあるものを撤去、そのついでに大掃除をしたり




昨日は、かねてから噂を聞いて行きたかった



石巻、渡波の牡蠣小屋にも行ってきました。


かき小屋渡波


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しかし実は、美味しそうな新鮮な牡蠣を前に入店は断念・・・



何故なら・・・




牡蠣小屋に行く前に



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こんな大盛り ”かき天丼”を完食した後で、さすがの私も何も食べられない状態でした。。。



そうそうこの”かき天丼”を食べたお店でも、知り合いに出くわして



立ち話しに興じたり、そうこうしてるうちに地震が来たりと・・・・



なんだか女川にいるとやたらと忙しいんです。(・・・と言い訳)








もうすぐあれから一年。



あれこれとやはり考えてしまうのですが・・・



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 東松島市の野蒜海岸







故郷の海を見るとやっぱり安心しますね~。





波の音を聞いて海の匂いを嗅ぐとやっぱり思う。




 自分は海が好きなんだな~。    





故郷の 海と山と自然が好きなんだな~。





という事。





あー、あれから一年か~。
 

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by melodynelson-2812 | 2012-03-09 22:10 | 東北復興へ向けて

女川災害FM存続の危機?!


 yahoo ニュースでこんな記事を見つけた。



 女川災害FMが存続の危機 



困る。


大変 困る



この女川災害FM ご存知ない方は・・・こちら ↓


女川災害FM




去年の4月と今年の1月にNHKのドキュメンタリーで取り上げられたので



それでご存知の方もいるかもしれません。



NHKドキュメント がんばっぺラジオ。


このラジオは女川でボランティア作業している時に随分聞きました~。



そしてスペインにいる時もサイマルラジオ

を通して聞くことができるので


時々聞いて楽しませてもらっています。




音楽のセレクトが 「演歌」「AKB」「ジャニーズ」「昭和」「アニソン」


などその時によって差が激しいのでその日の傾向についてボランティア仲間と盛り上がったり




お昼もおながわ☆なう






">”この人さ聞いでみっちゃ という女川の方達のインタビューや、



最近は


 ”町長さ聞いでみっちゃ という町長へのインタビュー。



を聞いて思わず笑わせられたり いや、意外な発見があったり。。




エンターテイメントの面だけでなく




なんといっても女川災害FMは 私が必要としている



情報量が格段に多い





つい数日前も町の一部地域に停電がありましたが、彼らからの情報でいち早く被害情報を


知ることができました。




地震や台風、そして浸水被害がある時にはこの災害FMが活躍します。



勿論、町のイベント情報や町からのお知らせなど等・・。



事業を再開した商店や事業主からのお知らせ・・・。



数え上げたらキリがない程の情報量なのです。




それ以外にも去年はさんま祭りからの中継や、町議会選挙の速報、当選議員のインタビュー


などもされており



私はこれぞ真の意味のジャーナリズムなのでは?と思っていました。





個人的な関わりとしては



去年12月、仮町舎で行われた新らしい女川町議会の一般質問。


聞きに来ていた町民は多くありませんでした。



それでも初日は大手、地方新聞の記者さんが数十分だけいて写真を撮って行きましたが



災害FMのスタッフの方はパソコンやらスマホやらを抱えて欠かさず聴講にいらっしゃって


いました。


(二日目には向こうも不思議な顔してこちらを見て挨拶してくれたっけ。。。)




そんな彼らの活動が存続の危機???  





しかも活動場所の問題とな・・。




申し訳ないが、彼らのスタジオの前を何度も通りかかったけど


それはそれは小さな仮設スタジオだった。



あそこで去年の暑い時も雨の時も地震の時も活動されていた。




申し訳ないが、確かに女川町は用地不足ではあるけれどもあの小さなスタジオを設置する



スペースすらない。



とは にわかには信じられない。。。。      




しかも彼らの活動費に関しては町から一切出されていない訳ですが



町民への益を考えたら、彼らに無償で土地を提供するべきだと思うのですが??

(注:現在の土地は町から無償で提供されています。)






土地の使用期限が迫っていますが、その前に納得のいく解決策が見つかる事を



心から 願っています。。 





蛇足ながら・・・





実は私はこの 女川災害FM 



に出演させてもらっています。024.gif




いつも ”この人さ聞いでみっちゃ。”を聞いて笑わせてもらったり感心させられたり


していたので、



ある日 ”今年の目標は災害FM出演なんです。” とスタッフの方に打ち明けると。。





  ”よっしゃっ!! 



と二つ返事で出演許可してくれたのです。 071.gif





なんて素敵なラジオ。。。




女川災害FM 一度 サイマルラジオ を通じて聞いてみませんか??




そして、災害FMラジオが存続となりますよう、



応援お願いいたします。。。。



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by melodynelson-2812 | 2012-02-27 23:19 | 東北復興へ向けて

献杯!!!




  先日、と言っても忙しくてブログを更新していなかった為に先週の事なのですが




仕事で東京に行っておりまして・・。




滞在自体はバタバタとしておりましたが、前々から楽しみにしていた




女川会に参加してきました。







女川出身で関東近辺に住んでいるツィッターユーザーが集まって新年会を行ったのです。




震災直後の情報不足の時にツィッターで情報交換を始めた所、意外に自分の家の近くに



同郷の人が住んでいる事に驚きつつも、




始めは安否確認、その後避難所情報やそして大変残念な事に行方不明の方を捜索する為の情報、




町の今の様子や、自分の悲しい気持ち、時々は思い出話し等々・・・・




そういったやり取りをしているうちに会ってみようという事になり去年の夏から



不定期で東京近郊で女川会と言う名の飲み会を開催してきたのです。





勿論私は遠方に住んでいる事と、あとは去年は実家に帰ったりして忙しかった事もあり参加できず





女川会のお知らせをツィッター上で見つけて参加してみたいもんだと思っていましたが、





今回丁度仕事での短い滞在に女川会が重なり (というか・・都合を聞いて頂き恐縮。。。)





わたくしめも初めての参加と相成りました。037.gif












楽しかったよ~。 






皆さんご多忙な中20名も集まり、しかもなんとなんと女川の復興といえばこの方!!!が





東京にたまたま出張で来られていたとかで・・、仕事の後に急遽参加して下さるという嬉しい



サプライズもあり。049.gif





生まれ年を聞いて驚くような若者から、うちの母と同い年の方まで幅広い年代のほぼ初対面もしく





は、20年ぶりの再会などという面々と向き合い(汗)。








始めは よそよそしく標準語で話し始めたものの・・・







ふとした拍子に”~だっちゃね~”






と一言出始めて、あとはお酒も入ると。。。







東京新橋のその一角は  もはや 女川町!!071.gif



それにしても皆良くしゃべるな~




よく東北の人は無口とか言いますが・・・・ それってただのイメージだと思う・・。









そうそう!!会社勤めの人が圧倒的多数の都会の人には驚くような話しだけれども





自営業や、商売人、漁民が多い女川ではかなりの人が  ”屋号 ”  



を持っていて、苗字や住所を言うよりも屋号を言った方が早いため、





各自の自己紹介の時はもれなく屋号がついてくる。






うちも曽祖父の代から使っている屋号があるので、それを使う。







他の人の屋号も聞けば、大体の見当がつく。





こうやって、先祖の命を繋いで行くんだな~・・・と





長旅の後のビールのせいで酔っ払っているのか。。。ちょっと感動してしまう。









自己紹介を聞くとほぼ9割りの方が実家を流失して、そしてご家族を亡くされた方もいる。







そして、全員が親戚や友人ご近所さん・・・誰かを亡くしている。






なので、女川会では ”乾杯”とは言わずに





 ”献杯 ”  と言うのだそう。






亡くなった方々に捧げる杯。







一緒にお酒を飲んで、一緒にバカ話しをして笑いましょう。




私達は忘れませんよ。という




献杯 







悲しい別れもたくさんあったけど、こうやって新たな出会いがあったり





また繋がった縁があったり・・・・。







そうそう、まだ5,6歳の頃の私が写っている写真を見せてくれた方がいました。



やんちゃそのもの、男の子みたいな自分の姿を見た後に




”小さい頃のイメージと変わらないね~。”と元ご近所さんに言われると



実はちょっと複雑だったりする私です。015.gif





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by melodynelson-2812 | 2012-01-21 08:45 | 東北復興へ向けて

お正月っつぁん


 今年も残す所僅かとなりましたね。



12月も日本に行っておりまして、こちらに帰ってきてからも仕事だなんだとクリスマス


どころではなくてバタバタしたおりましたが・・。


年末年始はマドリッドにおります。


が・・・・ 引き続き女川の記事を続けたいと思います。







今年最後の女川滞在。



ここに帰って繰るたびに昔から必ず訪れる場所に行ってみた。



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長くて急な階段をいつもの様に一気に駆け上ろうと試みるも





ぜーっ、ぜーっ 



途中で息が上がる008.gif


3月以降 定期的な運動をしていないんだから当たり前なのだが。。。(反省)



来年こそは運動を再開だ・・・と決意を固めつつたどり着いたのは




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神社。





ここは私の実家のあった場所からもすぐ近いし、このいかにも海を見下ろす感じの


小さな港町らしい神社の趣も好きだし、




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階段を上り下りすると良い運動にもなるし・・・





何よりも・・・





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ここから見る港の風景が大好きだった。





この港に入る前の入り江の先端部分には左右に白灯台と赤灯台が立ってて




その灯台は両方とも今回の津波で根こそぎ破壊されてしまったけれども




その灯台の間を定期船や漁船やさっぱ船と言われる近隣の漁師達が乗る小型船




がスルスルと静かに入り江を通って港に入ってくるの見るのが好きでした。




5月の初めにここに来た時は破壊された港には当然ながら一艘の船もなく




反対に陸地や建物の上になんの脈絡もなくひっくり返った船が横たわっていて



死んでしまったように全ての動きを止めてしまった港を見ながら





”なんて恐ろしい事が起きたんだ。”と悲しいやら恐ろしいやら腹ただしいやらで・・




今も港は陥没したままですが、船着場は嵩上げ工事がされて



近くの離島への定期船も通常運航ではないものの再開されています。



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船の数は未だに少ないながらも港をスルスルと進む船を見るとまるで港が息を吹き返した



かのようだ。




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この神社の下にある建物は海抜17メートルに建てられた町立病院で



私の家族をはじめ大勢の町民が津波の警報が出た後に駆け込んだ場所なのだけれども



ここの建物の1階部分まで津波が押し寄せたのです。



病院の駐車場にいた人や神社の階段下で様子を見ていた人達は慌てて


この階段を駆け上がって津波被害から逃れたわけで


津波が引いた後もここの社務所内に長期で避難した人もおり




文字通りこの神社は人々を守ってくれたのです。







感謝の気持ちを込めて  お参りする



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誰かが持って来た多分持ち主が不明の大黒様の木彫りにも



頭を下げる。 


女川を何卒よろしくお願いします。。。。





実は距離的にはここの神社の方が実家(跡)は近いものの何故か家はここの神社の氏子


ではなくて、ここよりも少し離れた神社の氏子なのです。





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うちの神社は病院裏の神社よりも低い場所にある為、神社への登り階段もズタズタで、



神社そのものも津波をもろに受けました。




不幸な事に地震後ここの神社に避難された人もおり、その中には犠牲になられた方もいます。





犠牲になられた方がいるということでこの神社の再建を決めるまでには色々と議論がありましたが




氏子さん達からの呼びかけで、この神社も再建する事が決まりました。



当然ながら再建には相応の費用が必要となり、未だに費用捻出の目処はついていませんが



先日は ”白山神社を再建させる会”も結成され今後、再建にむけて活動していくようです。








実は宮城を中心に東北の一部では  ”お正月っつぁん(お正月さん)”を迎える儀式というのがあります。



その儀式には神社の役割が大きく、この辺りの住民にとっては神社というのはかなり重要なのです。



鎮守神社から配られた新しい札を神棚にお供えし、神棚周りにも習わしに則ったお飾りをします。



古いお札や使ったお飾りなどは「どんと祭り」と呼ばれる行事の日に大きな火を燃やして



お炊き上げをします。



無形文化財でもある 大崎市の裸祭りなどは有名などんと祭りのひとつです。




これがお正月さん(お正月っつぁん)を迎える一連の行事なのですが、





昨今は、お正月の準備よりもクリスマスの準備に熱中する傾向にありますが



この辺りでは未だにお正月っつぁまを迎える準備の方に重きを置かれており



実は私も小さい時からこのお正月の準備の方がワクワクした物です。



家の中のお札を張り替えたり、神棚に貼る神様の絵を見たりするのも楽しいし、



色とりどりの繭玉に、大判とか招き猫の描かれた紙を括りつけるのも工作みたいで楽しかった・・






今年はうちの両親は仮設住宅住まいでもあり、神棚もないので



”お正月っつぁん” を迎える儀式はどうやらしないようです。




身内に不幸があった家は ”お正月っつぁん”を迎えられません。







私が女川で写真の洗浄作業を一緒にしていた私と同世代の男性もお母様を亡くされたので



別れの挨拶の時はどう言うべきかちょっと迷いましたが





”今年はお正月っつぁまは来ないけど、でもきっと来年は今年よりは良い年になるはずだよね



良いお年を”


と言うと



”今年より悪い年って事はまさかないよなぁ。”と言って





人懐っこそうな笑顔を浮かべて”良いお年を”と向こうも返してくれました。





二人とも、本当に絶対良い年が来るに違いない。って心から信じてる。そんな挨拶を交わしました。



皆様もどうぞ良いお年をお迎え下さいませ
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by melodynelson-2812 | 2011-12-30 00:42 | 東北復興へ向けて

瓦礫は山積みだけど クリスマス ☆



街はクリスマスだ~クリスマスだ~となんだか浮き足だっておりますが・・・




ここ女川では




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相変わらず瓦礫が増え続けております。







しかし・・






国道沿いを通りかかった時に



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なんだか気になるクリスマスツリーが目に留まった。




ちなみにこのなぎ倒された石碑の横の道を登った所は



女川町で初めて再開された商店街、 



コンテナ村商店街がある場所です。






冬は5時になる前に日もとっぷりと暮れ、家屋も何もなくなった町には街灯が設置されたとはいえ



夜道は寂しいことこの上ない・・・。



ある日の夕方、町の中を歩いてみましたが、建物もない、ただ雑草だけが生い茂り所々に崩れかけた


建物があるのみの町は



ある意味あまりに現実感がなくて、自分が夢の中にでもいるかのような妙な感じすらありました。






そんな町の高台からコンテナ村商店街を見ると




んんん・・???? 


何やら、ピカピカした物が見えて 思わず ほっ・・。


そう、そうそういえば。町に灯を!!! 



を掛け声に電灯を集めてくださった方がクリスマスツリーを設置しイルミネーションを企画していたはず!!




12月17日は点灯式で出店も出るというので、



とーっても 寒い日でしたが見に行ってきました。





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綺麗だな~ ♪♪




でもっ・・




んっ???



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ど・・どぼじた サンタさんっっ!!






まあ。。気にせず中をぐるりと・・




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実は私はクリスマスのイルミネーションなどと言うものに全く興味がないし



人ごみも嫌いなので、あえてイルミネーションを見に行くような事はない・・・というか


むしろそういう雰囲気が苦手な方ですが




この妙にアジアンな雰囲気




良いね049.gif




クリスマスツリーの周りも


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とっても幻想的。


暗い廃墟の中でキラキラと輝いて見えたのはここだったんだ !!



そうそう、さっきは倒れたサンタさんも




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無事起きましたーー!!







このクリスマスの灯りを企画、運営したのは女川で震災直後から活動されている個人ボランティアで


主催している方はまだかなり若い地元出身の女性。








彼女がブログを通してあちこちに声をかけて奔走し、実現したこの企画。




彼女のブログはこちらです。  REAL eYE



妙に仰々しくて、白々しい雰囲気の有名なイルミネーションの何倍も素敵な灯りでした。




こんな素敵な灯りをありがとう。 
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by melodynelson-2812 | 2011-12-18 20:42 | 東北復興へ向けて

女川フィッシュが届いたよ


 前々回のブログ記事 支援って難しい  の後に


ぶちさんが色々リンクを貼ってくれまして、それを見ていたら



そういえば、私の周り(というか、女川町)でも震災後すぐに


なかなかどうして、素敵なプロジェクト


を立ち上げた人達がいて、



応援したいと思っているのに、ブログできちんと紹介していなかったな~



と思いまして・・・。



でも心情的にブログ内が ”被災者応援グッズ紹介ブログ”



みたいになるのも・・うーんアレなので、



実際に自分も使っていてその商品に満足していて且つ、


プロジェクトの関係者と多少なりとも接触があった物を2点ばかり紹介させて下さい058.gif





一点は、入手したばかりなのですが




こちら



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木製キーホルダー  ”女川フィッシュ”




こちらはプロジェクトの本部は仙台にありますが、作業所が女川町にありまして



町の方が手作りされています。




考えてみると、ここのプロジェクトの行動は早かった!!! 




どれだけ早かったかというと・・




プロジェクトを立ち上げた時点では女川町では一切の漁が行われておらず



漁が行われて本当の魚が獲れる日まで、この女川フィッシュを・・・・




という事だったのですが、 




お陰様で、女川町でも規模は以前とは比べ物にならなくても漁が再開されています。






実は、以前からこのキーホルダーが欲しい。。と思いつつ何故か入手したのはかなり最近でして・・




で、実物をみたら・・・





カッコいい。。。


ってか、   




普通に   お洒落。。。




かなり満足したので早速どこかにつけて持ち歩きたい。



だけど、キーホルダーって意外になくなりやすい・・・




先日も こだまのキーホルダー・・・ って、”もののけ”のこだまってことなんですが、





もののけ姫のこだまご存じない方は・・ これです。↓




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このこだまが暗闇で光るってキーホルダーをバックにつけていたら




つけてから一ヶ月もしないうちにポロリと落ちて失くしてしまったんです(涙)。





なので、なるべく外部との接触が少ない物に・・・ 



でもせっかくのおされーなキーホルダーだからな~・・・



と考えた末に



小銭入れに付けました。 




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なんか・・・  ワイルド053.gif 

ちょいワル??






ちなみに違う材質で作った物もあり、微妙に色が違います。




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肝心の 購入方法・プロジェクトの案内は



こちらから 小さな復興プロジェクト




私は女川町 お魚いちばマリンパルで買いましたが




最近は宮城県外でも取り扱うお店が増えています。



そしてあともう一つ、私が夏から愛用しているのは・・




おながわ布草履




で、私の愛用の草履写真を掲載しようと思いましたが・・・ちょっとあまりに履き倒しているので




こちら



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これはイーガーファミリープロジェクトの布草履です。


イーガーfamilly.com






そうイーガーと言えば、私も以前ブログで書いた イーガー




ご当地キャラ☆イーガー




この布草履とイーガーにはふか~い繋がりがありまして・・・




細かい事おいといても、




ただひたすら   応援してます。  






本当に、地元の人達が企画して地元の人達でやってます。 私が保証します。





この布草履、色合いも可愛いですが、履き心地もサイコー





これを冬でも履きたいが為に、五本指の靴下はいてます。049.gif




パリやバルセロナの雑貨屋に置いたら、流行ると思うんだけどな~・・・・






これからのクリスマスシーズン、ちょっとしたプレゼントをお探しの方





いかがでしょうか?   どうぞよろしくお願いします・・・
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by melodynelson-2812 | 2011-12-04 10:05 | 東北復興へ向けて

支援って難しい


 通常の生活においても思うのだけれども人を喜ばせるのって案外難しい。



喜ばせるつもりが実は相手への負担になっていたり、意図せず他の人へ迷惑をかけていたりした事




を後に偶然知って、赤面。というような事は誰でも一度や二度はあるはず。







ましてや、大勢の人が関わる  ”支援 ”となると、




これは実は本当に難しい。





しかも支援をしようという元々は善意の行動であるだけに、非常に事がやっかいだ。












私が前回女川にいた時に見た光景は ”支援 ”に関して真剣に考えさせるものでした。







仮設住宅の集会所に大きなトラックが止められて、”これから日用品の物資配給があります”




と支援団体(?)と思われる若い男性の掛け声。






5月に石巻で地区で決められた生活物資を平等に配っていく形での物資配給は経験済みですが




”何があるかは分らない、何を見つけるかは早いもの勝ち”式の物資配給は見たことがないので




どれどれ。。。。と見に行ってみました。




何でも見てみなけりゃ分らない、やってみなけりゃわからない。 これが私の信条ですから。







正直、この形式の物資配布を見たあとはすごく嫌な気分になりました。




まずは、そこにめちゃくちゃに並べられている物。



”ゴミに捨てる代わりに支援物資として差し出しましたか??”



と言いたくなる様な、ガラクタがかなりありました。



洋服も殆どが古着でしたが、私が手に取った物には 髪の毛やファウンデーションがべったり



と付いていました。




その洋服の裏地を見ると、有名メーカーの物であるらしく素材自体は良いものであるけれども




常識として、こんな物を誰かにあげようと思うだろうか?




それが、もしも面識のある人へ差し上げるものだとしたら こんな状態で差し出すだろうか?





自分の近しい人に物を”どうぞ。”と差し出す、それとなんら変わりのない物でない限り



それは本当に相手の為を思う ”支援 ”ではないと思うのだけど??










そして次に支援を受けるほうの行動。




こればっかりは、全くの他所の人には書き辛いと思うのであえて言わせて貰いますが





支援者の人がトラックからダンボールを運びだす間も与えないような状態で、新しいダンボール



にワラワラと集まり、 




支援者の人が困って ” ダンボールを一旦出させて下さい。。でないと全部搬出できません。”




と言うも、 多くの人が無視。




とにかく、一番最初に ”掘り出し物を ”とそういう事なのでしょう。





中には探すよりもまずは搬出を助けよう。と運びの手伝いをする方もいますが、




そういう人は少数で、いつまでたっても同じ面々。







おせっかいとは知りつつ、私もダンボールをかついで




”ちょっと!!!! 一旦置かせで頂戴 !!邪魔しないでよ!! ”



とついつい、口調が厳しくなる。 






置かれたダンボール内の物品をめちゃめちゃにして一通り欲しい物を確保した後は




お礼も言わずに立ち去る人もいて、





 ” お礼ぐらい言ったらどうですか? ”


と言いたい気持ちをぐっと抑える。それはいくらなんでも出すぎた真似だろう。







秋のポカポカ陽気の週末に見せつけられたこの光景、



なんだかすごく後味が悪くて。。。。 その後に頭の中でグルグルと回っていた言葉は




フランス語の malsain (不健全)という言葉。



”支援する側とされる側のこんな関係  不健全!! 






まず、第一に私自身は家族が被災したとは言え私自身が被災した訳ではないし驚くべき頻度で

帰ってきているとは言え結局は他所に住んでいるので




”支援を必要としている人の何が分る?” と言われれば返す言葉もありません。

被災した人それぞれ、経済状況や家庭状況も違うのでこれは全くの私の意見なのですが、




それでもやっぱりこういった形での支援に大きな疑問を持っています。






私が危惧しているのはこんな支援の形を続けていて、



支援される側の尊厳を損なう事にはならないだろうか?? という事です。





尊厳で飯が食えるか! と言われればそれまでですが、



みみっちい事を嫌う、海の人特有の豪快さ。 そんな三陸の風土を愛する私には



その尊厳が失われる事がとにかく悲しい。






そしてもう一つ危惧しているのは、こういた形での支援は結局




被災地での経済を廻す事には一切貢献していないのではないか?という事です。




さて、ここからは多少長くなりますが 



女川でかなり積極的に復興活動をしている某加工会社のサイトの一文を抜粋します。


*********************************************







いつも女川へのご支援ありがとうございます。

物的支援、人的支援、精神的支援…様々な支援が被災地にもたらされ、私たちは日々感謝しながら生活しております。
このご恩は一日も早い被災地住民の自活への復旧と、私たちの故郷が復興した姿をお見せすることによって恩返しをしなければならないと感じております。

ご支援に感謝する一方で、現在被災地の中で問題となりつつあるのは支援物資による被災地の民業圧迫と経済の停滞です。
支援物資をいただくことは大変嬉しくありがたいのですが、外から持ち込まれた物資は被災から立ち上がった地元事業者に打撃を与えかねないと危惧しています。


冬物衣料が地元洋品店店主の目の前で無償で配られています。

善意の灯油が地元の燃料小売店の店先を通過して無償で配られています。

寄付された暖房器具の修理に地元の電気屋さんが奔走することになります。

地元の八百屋、魚屋、スーパー等で売られているものと同じものが炊き出しの為に持ち込まれています。


物資が善意であるがために、女川町内の事業主は悩み、苦しんでいます。

そこで、 『女川支援物資 地買地消運動』 を提案させていただきます。


もし善意あふれる支援物資が現地の民業を圧迫させてしまうかもしれないと少しでも危惧されている方は、地元の商店に発注をお願いします。
現地の事業主は自分で届けることも大丈夫と了解をもらっています。
もしくは支援物資を女川町内の商店に事前に発注しておけば、物品を女川町内で受け取って自分で直接手渡しすることも可能です。
同じく被災者に物品がわたるにしても、支援物資を外から持ち込めば民業圧迫の恐れがありますが、女川町内で購入すれば経済が回り、一転して『復興支援』になります。
事前準備によって大手流通企業に入る利益を、女川町の事業主に回してもらいたいのです。

当然、町の電気屋さんでは価格面で大手流通業に到底かないません。
同じ予算で一つでも多く手配し、一人でも多くの人に物資を届けたいというお気持ちもわかります。
しかし、物資を持ち込んで配るだけでは、復興に貢献しないどころか逆に悪化させてしまうという現実をご理解いただきたいのです。
物資をもらう人は喜び、地元の事業主は感謝し、支援者は復興に寄与し物資持ち込みの手間とコストも省けます。

復旧と復興の両立を図る 『女川支援物資 地買地消運動』 を是非ご検討いただきたく存じます。



■物資が被災者に渡るまでの流れ■

・支援者が被災地の業者を通して支援物資を調達することを計画
 (事前に物資を提供する先を検討・決定しておく)
   ↓
・窓口である 女川町商工会 に連絡し、調達可能な地元の事業主の連絡先を教えてもらう
   ↓
・地元事業主に連絡 購入と配達(もしくは 引き取り)について打合せ
   ↓
・支援物資を配達してもらう(もしくは 引き取って直接渡す)



受付窓口:女川町商工会
電話番号:0225-53-3310
受付時間:平日のみ 9:00~17:00

お気軽にお問い合わせください。
よろしくお願いいたします。



*********************************************






地元で復興に携わる方がここまで言うというのはかなり言い辛い部分もあったかと思います


が非常に簡潔に状況を説明して、また代替策も提案して下さっています。






女川だけでなく、被災地での支援活動を。と考えている方がいらっしゃったら是非



こういった、意見もあるという事を広く伝えて頂きたいな~と思っています。






勿論、女川をはじめ被災地ではこれからまだまだ様々な形での支援が必要だという事は



末尾ながら付け加えさせてもらいます。





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総合体育館仮設住宅に出没する通称ニャンコセンセー
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by melodynelson-2812 | 2011-11-27 21:11 | 東北復興へ向けて