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震災後のデマを検証

 昨日に引き続いて、震災後に飛び交ったデマについてです。

現地に住んでいる中国人達が徒党を組んで窃盗をはたらいている。

という噂を聞いたのは事実です。



また、津波の為に避難した後に家に一旦戻ってみると盗難にあったという人の

中で、 ”盗んだのは中国人だ。”と不思議なまでの確信を持って断定した人もいました。



こういった噂以外にも、地震直後の過密状態の避難所で加工業などに研修生という名目で

町に働きにきていた中国人達がルールを守らない。 中国人達で固まっている。


などという理由で直接不満を訴える人や白眼視する雰囲気が広がったと聞いています。





ですが、言葉もままならない外国であのような未曾有の惨事にあう心細さという物を

外国に暮らす私達であれば容易に想像できると思います。


周りの人の言っていることが分らないのであれば尚更同じ国の人同士で固まろうとするので

はないでしょうか?? ましてや彼らの多くはまだ頬も赤いような若者達が中心なのです。




これは津波が来た日に私の妹が見たことなのですが、


その日の夜遅く赤ちゃんが眠った後、病院の周りを歩いていると中国語で話す声が聞こえて

来たのだとか。 ちなみにうちの妹は中国語ができます。



どうやら病院の人が避難して来た人の為に。と置いていた病院のシーツを

使ってよいのか、どうかを躊躇していたようなのです。



妹が声をかける前にその中国人の女性はたどたどしい日本語で”寒いのでシーツを使っても

良いか? ”と聞いたようで、無事シーツを手に入れることができたのだ姿を見て



妹曰く、そこに置いてあるシーツは自由に使ってよいという情報は夜になる前に周知されていた

事だったのですが当然ながらそれは日本語で周知されており、日本語が片言の彼らは

夜中になるまでその情報を知らなかったようなのです。



異国の地で自分の国では経験した事のない災害にあい、寒い思いをしながら明かす夜。

妹は自分も異国に暮らす経験を持つので、その不安が理解できて、この子達も大変な

思いをしているんだ。と思ったそうです。




それから病院を離れて大勢がいる避難所の事も、うちの妹が見るところでは、何人かの人が

批判するように、救援物資をいくつも貰おうとしているのではなく

自分のではなく、仲間の分も貰ってあげよう。としているのにそれをうまく説明できな

かったり、心細くて彼らだけで固まって焚き火などをしているのを徒党を組んでいる。

と思われたりしたのではないか?と言っていました。



わたしの家族が知る限りでは町内においては中国人が何か悪い事をしたという事は確認

されていない。という事でした。



地震から1週間ほど経って中国大使館がバスをチャーターして地域で働く中国人を帰国させ

るべく迎えに来るまで彼らもさぞ心細い思いをした事だろうと思います。




私の妹は彼らがものすごく嫌な思いをして帰ったのではないか?と度々気にしていました。

私ももしもスペインでそんな目にあい、まして窃盗を働いているなどという噂を耳にしたら

それは傷つくだろう・・・・と思っていました。



でも、実は中国ではこんなニュースが取り上げられていたのです。 こちら


この話しはいくつかのメディアでも取り上げられていましたし

先日 温家宝首相が名取に来た際にも言及されていました。


中国でもこの話しは取り上げられているらしく、あちらの報道では首相自ら女川町を

訪れたい。と打診したらしいのですが、受け入れ態勢などの関係で町が断ったとか・・・

なんとか。



そして震災から一ヶ月程たってから、研修生の多くが暮らす中国の大連の関係者の方が

町を訪れて、少なからぬ額の義援金を渡していったのだとか。



そしてお隣台湾の人達もこの報道を聞いていたく感激し、亡くなられた方の名前を冠した

バスを町に寄贈したのだとか・・。




この亡くなられた方が専務を勤める佐藤水産には私は随分お世話になりました・・・。



というのもこの会社は生うにを加工している会社でなのです。



私は生うにに目が無いんです。何はなくても生うに。


実家に帰ったとき、母が ”最後に何食べたい?”と聞いてきたら


夏の間であれば”生うに”と即答するくらいでして・・・。



ここの会社にちょっとした知り合いがいたので、随分とおまけしてもらいました。


アンヘリートも随分良い思いをしました。彼はスペインで最も良いうにの味を知っていると

言っても過言ではないでしょう。 


だって、殻付きのまだ動いているの食べれる人なんてそういないですから・・。


あの美味しいうにがまた食べられるようになる日が一日でも早く来るといいな。


この佐藤専務のおかげで、どうやら女川町の事を苦い思い出として感じている人はいない?

ようで、本当に安心しました。



思えば関東大震災の時には朝鮮人や中国人に纏わるデマが飛び交い、亡くなった方もいたの

です。それから90年。 こういった外国人に対するデマや白眼視は残念ながらまだ残って

いる物の、それでも大きな変化があるという事です。

人間は過ちから学ぶ事ができるんだと言う事なんですね。




最後に、研修生を逃がした後に亡くなられた佐藤充さんのご冥福を心よりお祈りします。


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被害を免れた場所では何事もなかったようにツツジが満開でした。


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by melodynelson-2812 | 2011-05-29 04:30 | 東北復興へ向けて

そして略奪はあったのか?

 
 日本で見たドキュメンタリーの再放送がかなり良かったのです。


”20万人の瀬戸際を救え ” という題のドキュメンタリーなのですが


震災直後、地域内で唯一機能している総合病院だった 石巻赤十字病院の様子を



震災直後( 正確には分りませんが3,4日後では?)から1ヶ月後までを追う。



というものでしたが、あのような混乱の中で良くもこれだけの映像を取り続けた物だと


NHKドキュメンタリーの底力を感じました。



インターネットで見ることはまだ不可能なようですが、このドキュメンタリーは記録としても


勿論の事、なんといっても現場と現場から離れた場所で指示を出す行政の愕然だる認識の差、


反応の差、当事者感の無さをみごとに立証してくれています。



赤十字の外科部長の石井氏が現場での劣悪な環境を前にし、

業を煮やして仙台の県庁まで出向き


そのあまりの状況認識の甘さについつい声を荒らげて抗議をしているのに、

対応する側はあくまで腰砕け。。。


言い訳せずに ”それは知らなかったこれからすぐやる!”と言い切る男気はおろか


”それはできん!”と怒って言い返すこともなく・・ただ言い訳のみ・・。


是非、機会があれば一度見ていただきたいドキュメンタリーです。



この番組の中で津波から5日目くらい(?)に、各地から救援に集まった医療関係者を前にして


コーディネーターとして統括する石井氏が各医療チームをどこにどう派遣するからを検討する


シーンがあるのですが、 其の中で


”石巻市の某地区の治安が非常に悪化しており未確認ではあるが略奪、殺人、暴行など

の情報がある為、医療チームを派遣する事を見送るべきだ”


という発言がありました。

番組内では結局、他の医師からの強い反対意見があり結局折衝案を


見つけて、屈強な男性医師を中心にその某地区へと赴く事が決定されました。


実際に行ってみると、その某地区は圧倒的に物資が足りていない事が判明し・・・・


それで前述の仙台へ行って、直談判。 というのに繋がるのですが・・・。






実は、この医師達が派遣を検討している時に私もちょうど東京からなんとかして

両親の元へといけないものか??? 


と方策を探していた時期なのですが、私も何人かの人から



”今被災地は治安が悪いらしい” これは具体的に 


”石巻は・・”と言われたこともあるしあとは ” 中国人が略奪していて・・・”という

説明がついた事もありました。



まさか・・・と思う反面、あまりに非現実的で悲惨な津波被害の様子の連続でその時は判断力が


鈍っていたのか、それとも自分の真の部分がそういう人間なのか(そうは思いたくないけど)


一瞬、その噂を信じかけて 電話して来たアンヘリートさん(旦那)にその事を話すと



”うそだよ。そんな事信じているの? まさか中国人がどうこうって信じてるの?”


と強い口調でたしなめられて恥ずかしい思いをしたのですが・・。


実際震災から1週間後に両親の家に行った時には車の中にありったけの物資を詰め込んで、


石巻→女川と立ち寄ったのですが、


石巻で立ち寄る時は車から絶対離れないで。と従兄弟から


強く言われていましたが、 実際着いてみるとそんな危険な感じでもなく心配は杞憂だったのですが



実際問題、略奪や窃盗はあったのでしょうか??



地元の人から私が聞いた話しを自分なりに総合すると、多分窃盗、略奪はあったと思います。


NHKのルポの中で名指しされていた地区。 現在うちの両親はその近くに住んでいますが


父が散歩の途中に


”ほれ、あれが略奪があったと言われているドラッグストア。”


と教えてくれましたが確かにそのドラッグストアは津波被害とは思えない場所のガラスが大きく


割られていたり、ドアが壊されたりしていました。



こんな自動販売機もありました。

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もぎ取られています。

私が1週間後に物資を持っていったときも父の親戚から 

”とにかくタバコ!タバコを持ってきて!”

と言われて、こんな状況なんだからタバコの一本も吸わせてあげたい・・・と

東京から飛行機で着いてすぐ物資不足の山形市内で、買いだめ疑惑の目を向けられつつも・・・

ありったけのたばこのカートンを捜し求めて歩き回った私ですから

自販機引きちぎる気持ちも・・・・実はわかります。




津波被害が大きい地域の中でなぜかぽっかりと被害がなかった地区にある大型ショッピングセンター


は地震後何日か営業をしていたらしいのですが、盗みが多い為に営業を取りやめお店にあった物品は


救援物資として提供したそうです。

そもそもお金を一銭も持たずに逃げた人たちが多かったあの地区で、絶対的に限られた物資を

最大限に活用しようとしたら、通常の商業営業の形を取るのはそもそも間違いだったのでは??



また、同じく件の地区から遠くない場所に住む親戚の家は2階部分は水が来ませんでしたが数日後


に家に帰ってみると、洋服や金融書類が無くなっていたそうです。


自動販売機を壊して何かを持っていくのを見た人は沢山います。




さて、この話しをフランス人の友人に話したら




それは、un vol (窃盗)とは言わないんじゃない?une survie って言うんじゃない??



survie というのはサバイバルの事です。


要は彼にとってはドラッグストアに侵入するのもスーパーで食料を盗むのも非常事態においては


生きるための最終手段で、それを窃盗と呼ぶ事はできない。という理論なのです。




ちなみにアンヘリートさんも似たような事を言っていました。



正直フランス人やスペイン人の考え方からいってこういう風に思うのは予想がつくし、


私自身納得できる部分もあります。 事は人の命がかかっているのですから。



それと同時にこれを ”窃盗 ”と呼んで良しとしない日本人のメンタリティーも貴重で大切に


したいとも思うのです。




さて、中国人が・・・というのは一体どうだったのでしょう??



長くなりましたので、続きは次回にしたいと思います。

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追記ですが


身内の話しになって恐縮ですが、うちの妹が震災当日の様子をブログで書いています。

何度もその時の様子を話し合ったにも関わらず、読むとまた恐怖がこみ上げてきます。

そして、実際にその場にいた人の描写は当然ながら真に迫っています。

こちらのブログです。

良かったら読んでみてください。 


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by melodynelson-2812 | 2011-05-28 04:47 | 東北復興へ向けて

国の財産

 
  今回強く思ったのは、


国に ( これは国に限らず地域に市町村に、いや山河ある所にと言ったほうがしっくり来るのですが・・)


とって最も大事な財産は結局の所


人間


だという事。



ハコ物作ったり、GDPが何位だとか一喜一憂していたけど



結局、そこに何も無くなったときに一番必用になるのは


人間。


人間の能力、やる気、考える力、行動する力


という事です。



こんな活動されている団体がいます。 


大丈夫屋




これを運営されているのが地元の方かどうかは問題ではないのです。



何もない所に来て、行動を始めようとするその気持ち。



こんな活動をされている方もいます。


うみねこタイムズ


情報過多が大切な情報を殺している状態の現代社会で



結局、地元の人々が壁に貼って毎日参考にしている情報は


有志が集まって手書きで書いているミニコミ誌なんです。



大切な物はお金では買えないものばかり。


3月11日以降、 私が何度も思っていることです。





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by melodynelson-2812 | 2011-05-24 21:21 | 東北復興へ向けて

別世界へと・・・

 
  行きは東京から高速バスに乗って石巻まで来ましたが、

帰りは新幹線で東京まで来ました。

現在、被災地から東京へと向かう上り列車は半額となっています。

6月半ば以降は上りとか下りなしで1万円で往復できるようになるという広告を発見!

次に行く時はこれを使おうかな~・・。




石巻から仙台に向かう電車はまだ復旧していないので、バスに乗りましたが



このバスが停まる仙台駅前に着いてびっくり。





そこには別世界が広がっていました




3月11日の地震で仙台駅もかなりの損壊があったというのに今はすっかり元のように


被災地では手放せなかったマスクをかけている人なんて私だけ。


仙台駅にしても仙台空港にしても、インフラの象徴 人の目に着く所から復旧


していくというのは理解できるけど・・ 



1時間の移動でこうも変わる物かとしばし呆然。


震災直後に来たときの仙台の様子を思い浮かべるとあの光景は夢だったのかも・・と思えてくる。




多分これからこういう事の繰り返しなんだろうけど、こうやって元の世界に戻る側と

取り残される側が出来ていくんだろうか??


別世界の人が取り残されていると感じている人へどれだけの想像力を持てるのか??


その想像力を継続させるにはどうしたら良いのか



仙台駅前のこの様子を見て安心というよりは不安を感じてしまいました。



コソコソとマスクを外しながら駅構内に入ると




こんな催しものやってました。




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東北うまいものフェア




ひ・・・惹かれる・・・・



でも、私は買わないと行けないものがあったので、駅に隣接するデパート内へと急ぎます。



うまいものフェアを振り切って私が買った物とは・・・


















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このこけしの中に手紙をいれられるようになっていて実際に郵送できるんです。



ここは私がほぼ必ず立ち寄る民芸品のお店なのですが、正宗君こけしもここで購入しました。


母のこけしは流されてしまったけど、私はコツコツと収集を続けます066.gif








うまいものフェアは振り切りましたが、石巻の物産だけを置いているお店の前は


素通りできませんでした。

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海草好きのこだわり。



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手作りクッキー美味・・もっと買えば良かったと後悔。


しかもこんなきになるキャラの袋に入れてくれた。

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そして、最後に向かったのは


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福島が誇る銘菓 ままどおる  

すまん、私は萩の月(宮城が誇る銘菓)よりもままどおる派なんです。


このままどうるはスペイン人にも大好評だし・・・。





そうそう、仙台に着く前にこれ、今回意地でも手に入れたかったこれを


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そう知る人ぞ知る

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陸前 女川


高政の笹かまと厚揚げ



これだけ手に入れたら長居は無用。別れが辛くなるだけ


とばかりに新幹線に乗り込む。



しばしの別れだ。 故郷よ。


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福島も。

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と感傷的になっているけど、予定ではまたすぐに帰るつもりです049.gif



もうすぐヨーロッパ人お待ちかねの夏休みですし。058.gif



現地で考えた事はまだまだあります。 しばらく震災地で考えた事続きます。


飽きずにお付き合い下さい。






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by melodynelson-2812 | 2011-05-24 05:26

思い出探し

今回こちらに来てしたかった事の一つは、”探し物”です。
津波と一緒に流されてしまった物の中から”何か”を探す事です。
”何か”というのは本当に”何か、なんでも良いからそこに自分たちの生活
が存在した事の証となる物”です。

ものすごく変な感覚なのですが、自宅だけでなく周りの様子全てが無くなって
みると、自分の記憶の中ではそこに確かに存在していたと確証できても
一方で”本当にここに存在していたのだろうか?”と不安になってしまう
気持ちがあるのです。 うーん、うまく説明できませんが・・。すごく変な感じ
です。

震災から2ヶ月経って、あちこちの場所で”思い出館”と称して自衛隊や
地域に住む人達が見つけた写真やランドセル位牌などを展示している場所が
でき始めています。 汚れてしまった写真をきれいにして見やすいように展示し
てくれているボランティアの方もたくさんいらっしゃるようです。


写真をきれいにして下さっているボランティアの方には本当に頭が下がります。
一日中、前屈みになって写真を液体につけて乾かす作業をされています。



私の両親が住んでいる自治体は、屋内ではなく屋外に置かれているので思い出館
というような体裁は取っていませんが、母と二人で探しに行ってきました。


まずは、ボランティアの方がきれいにしてくれた写真から。
こういう写真が壁一面に貼り出されています。


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たくさんの写真がありましたが、私や私の家族の物は見つかりませんでした。
でも、近所に住む同級生の子の立派な家族写真は見つけました。

その子とは小さいころ随分、一緒に遊んだのでその子のご両親、2人のお姉さま
そして、何よりその当時の彼女の顔を鮮明に記憶していたので、彼女が多分7,
8歳の頃の写真の彼女の目と目が合った瞬間、”あっ!!”とものすごい速
さで、その写真を手にとっていました。 多分、今彼女と合ったらもしかすると
そんなに素早く彼女と認識できないと思います(笑)。
でも、写真を見た瞬間彼女の声や話し方までものすごく鮮明に思い出しました。


家の父が彼女のお父様の連絡先を知っているので、事情を説明して持ち帰る事に
しました。ボランティアの方には ”是非、知っている方のは持っていってあげ
て下さい”と仰っていただき・・・

写真を綺麗にすることは、他所の方にお任せして私と母はそれ以降かなりの数の
知人、友人の写真を見つけては知り合いを介して持ち主に戻す。という事をしま
した。

いったんきれいにして頂いて、壁に貼ってある写真の他に
拾われてそのままの状態で入れ物に乱雑においてあるアルバムが多数あります。

こんな感じで・・


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かなりの数の物がまだ油の混じった海水で濡れていて、砂も大量に入っていて
持ち上げた瞬間に黒い水がだーっと零れ落ちてきたりします。
探すついでに、それを天日干しする為に広げて置いたりしながら一つ一つ手にと
取っていきます。
マスクと手袋は必須なのですが、マスクを通しても油と海水の臭いがすごいで
す・・・。

最初は良いのですが、探しても探しても見知らぬ人の写真ばかり・・・が続き
帽子とマスクをかけたままひたすらしゃがんでアルバムや写真の束を繰っている
と突然、空しい気持ちになってきます。

家の母が ”見つけられたアルバムが届いているのは知っているけど一人では探
しに行く気がしないな~。まりまんどなが一緒に来るなら行く”と言っていた意
味が分かりました。 

不謹慎ですが、 ”あーこの結婚式の写真のお嫁さん綺麗だよー。”とか
そういう会話をしながらでないとこの作業、辛すぎます。

私と同年代の男性でお母様を亡くされた方が一人でうつろな表情で写真を探して
いましたが、彼の絶望的な目、絶対的な暗さは忘れられません。

この作業は一人でするにはあまりに辛すぎます。

探せど探せどうちの家族の写真は見つからないのですが、知り合いの写真を見つ
けると、その人の喜ぶ姿を想像してこちらもやはり嬉しくなり
”あともう少しだけがんばって探そう” という気力が沸いてきます。


これとは別に、位牌や仏具が保管されている場所があるのですが
なんと半世紀以上前に幼くしてして亡くなった母の弟の小さな位牌が見つかった
のです!!! 小さくて、古びたその位牌が見つかった時は母と思わず歓声を
あげました。 母の実家の家も跡形もなく無くなったのにこんな小さな位牌は
見つかるなんてまさに奇跡です。


結局、私の家族の写真もアルバムも何も見つかりませんでした。
実は私は自分の幼い頃のアルバムや卒業アルバム等への執着が薄いというか・・
そもそも記録としての写真には興味がある物の、自分の記録の写真にはあまり
関心がないタイプなので、そんなにも残念でもないのですが母が残念そうなのが
気の毒なので、やっぱり何か見つけたかったのですが・・・。
海のもくずとなったのかな~??

後日、私が家族写真を見つけた同級生の子のお父様と会いました。
なんと、その後も2枚ほどはじめに見つけた写真の数年後に撮ったと見られる立
派な家族写真が見つかって、それも一緒に手渡すと彼女のお父さんは
すごく喜んでいて

”また2枚も出てきたって! 持って帰ったらまた大騒ぎになるなぁ”
と笑っていました。彼女と彼女のお姉さんと晩酌して上機嫌のお父上が大騒ぎし
ている光景を想像したらこっちも嬉しくなります。

今の所うちのアルバム類は一つも見つかっていませんが、実は私が家のアルバム
から無断で持ってきた数枚の小さい頃の写真には小さい頃の従姉妹達や近所の子
が写っています。 それをプリントして、皆で盛り上がる事もできるし、

それに何よりも、これからたくさんたくさん写真を撮って大切にしていく事がで
きるんですから。

ということで、記念に自宅跡で両親と姉の写真を撮ってきました!!

今は辛いですが、この写真を先祖代々に語り継がねば!なんて壮大な事を考えて
しまいました。



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by melodynelson-2812 | 2011-05-21 10:07

ちょっと感動した事。

 なんだか今日は余震がやたらと多いのですが、不感症気味になっている私です。

でも、外で元気に遊んでいた女の子が地震が来たら大泣きし始めた時は、ちょっと・・

しょげてしまいました。 やっぱりストレス感じているんだな~・・。 


前回のブログでも問題山積みな被災地の現状を書いたり、復興への道のりは長い事を

強調しました。 私が撮った写真も悲惨な物です。




でも、こちらに来てから ”なんか・・いいなぁ・・”と心が温かくなる経験もたくさんしました。


今被害の大きいところを歩いていると思わず ”ここはカトマンドゥかボンベイか??”
と思うような、バックパックかついで頭にタオル巻いた青年がうろうろしています。



そして毎日元気に挨拶してくれる自衛隊の方々、復興事業でこちらに入っている人達・・

多分、今ここは”精悍な”の枕詞がつく青年の密度濃しです。



犬と戯れる隊員さん達
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ここで会う人達の顔は ”人間の顔 ”をしています。

物質的には満たされていても、虚栄と無関心だけの生活をしている人達のような

”のっぺらぼー”の顔とは違います。



昨日も今日も母と一緒に町役場に行って、様々な事務手続きに追われました。

身分証を何も持たないで逃れた人達が、罹災証明書、本人証明 etc...

そして多くの人が死亡証明書などの書類の申請に追われているのです。



混雑を避けるために、行政区ごとに申請日が区切られていて今日はうちの両親達の区の日なのです。


二人で小学生用の低い椅子に座って順番を待っていると


”おばちゃん!無事だった??”


とうちの母に話しかけて来る人あり。


見ると茶髪のいかにも今時のかなり若い青年でした。


どうやらうちの母と知り合いのようです。


”あー!元気ー!無事だったんだね~!” とお決まりの挨拶。



元々私は人見知りしないタイプなので、3人で世間話しをはじめると


その青年は、



津波の日は大型の本屋の2階だか3階に逃げて難を逃れたものの、水がいつまで経ってもひかず

救助は来ず。

3日目に食料もつきかけ、見知らぬ人同士の事、食べ物を巡って諍いがおき始めたため

浮かんでいた船を捕まえて、やる気のある人達でその船に乗り込んで手で水を掻きながら

進みつつ、向かいのコンビニへの侵入を試みたのだとか・・・( そこの店長がちょうど

一緒に避難していたので、盗難じゃなんだよ。と付け加えてくれた049.gif

でも、自動ドアがブロックされて開かず止む無く波の威力で壊れたガラスの部分から入る事を

決めて、なんとあの寒い中で洋服を脱いで水に潜ってコンビニへ進入、上の棚に置いてある

食べ物を集めたのだという。しかし、壊れたガラスを通る時にガラスで腕を切り、

救助後すぐに病院に行くも、麻酔が絶対的に不足していた為、麻酔無しで縫合をしたのだ。


という事を語ってくれた!!



”・・・・大変だったんだね~・・・。”  の後に


”で、仕事は? ”と聞くと


”・・・解雇になったんだ。求職中だよ・・・・”


と照れ笑いしながら言います。


”大変だね~・・・” とため息をつく私におかまいなしに彼は



”でもさ、家にいてもどうしようもないしヘドロ除去のボランティアに行っているんだ。

で、ボランティアに来ているあちこちの人とすげー知り合いになった。

沖縄からだって来てる人いるんだよ。 やる気あるし、良い人ばっかりだよ。みんな良い人”


と続けます。


職を失ったと言うのに、なんだか目をキラキラさせて・・・イキイキとすら見えます。



”なんか、町の雰囲気がすごい良くなったと思う。 みんな助け合って、がんばろうって

そういう雰囲気を感じるんだ。 そういう雰囲気、おれはすごい好きだ。良いと思う。

歩いているとみんな挨拶しあう。 そういうのなんか、良いよ。 ”


私は、なんだか彼の言葉に感動して・・



”だってさ、町には何にも無くなったんだもん。今あるものって言ったら人の気持ちだけ

なんだから。。。その気持ちを出し合わないと。”


と訳のわからない相槌を打ってみた。


でも、なんか その彼の笑顔にすごい感動してしまった・・・・。




ちょっと感動に浸っていたら、青年君の番号が呼ばれて行ってしまった。


母に ”あの子いくつ?” と聞くと


”うーん、相当若いよ。20代前半。 ”




”良いこというね。気持ちが良い子だよ・・・”


とおばさん発言をしていると、私達の番号が呼ばれて窓口に行きました。



手続きの途中で、誰かに肩を叩かれると その青年君でした。



”じゃ、お先に。 元気でね ” と笑顔。



そして最後は



ま、がんぱっぺ~ 003.gif


テレビでは ”がんばって”は言わない方が良いとかなんとかグダグダ能書きたれてますが、


やっぱり元気がでるよ。


がんぱっぺ~


青年君、君は仕事も失って詳しく聞かなかったけどかなりの確立で家も失ってると思う。


でも、彼は10年後、20年後 きっと良い大人になると確信しています。



自慢じゃないけど、私は人よりもかなり多くの人間と接してきました。


だから分る。 あの経験を乗り越えたから俺は。と自身を持てる日がきっと来る。



彼だって、地震におびえていた女の子だって。


私はかなり強い確信をもって10年後、20年後・・・津波、原発の被災地からきっとすごい

人が出てくると思っています。



きっと、きっと 出て来ると信じています。


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津波に負けず大きくなれよー
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by melodynelson-2812 | 2011-05-20 00:16 | 東北復興へ向けて

物資配給

”今日の12時から石巻駅前にてお好み焼きの炊き出しがあります。”

今日のNHK朝のニュース、地方局からのコーナーで言っていました。
一頃よりも少なくなったようですが、炊き出しも時々行われています。



福岡や長崎など遠いとこからいらっしゃっている方もいて本当にありがたいです。



食事の状況については避難所内でもかなりの違いがあり、

浜辺に近い場所の避難所では津波の際に沖に出ていた船が持ってきた

毛蟹やタラの刺身が振舞われたり、養殖のホタテをそのまま駄目にするくらいなら・・・・

と海に潜って(!)養殖ホタテを取ってきて調理したという”さすが”な場所もあれば、

食事係の方たちが、毎日暖かい物を作ってくれている所もありますが、

人数が多いところはやはり仕出し弁当やパン、おにぎりの所が多いようです。


何故?? カロリー重視のがっつり系のパンばかり??
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毎日、毎日冷たいお弁当やおにぎりでは栄養バランスも悪いし、何よりも温かい

物が恋しくなるので、炊き出しはとてもありがたい物だと思います。




それにしても栄養バランスを考えると、お弁当やおにぎりでは野菜不足になると

思うので、なんとか野菜を増やして欲しいところです。うちの母も何度かおひたし

や煮物を作って避難所の知り合いに届けたりしていましたが、野菜を使った

お惣菜を少し増やしてお弁当に加えるというような事が必要になると思います。

こういう栄養バランスというのは女性目線なので、男性中心の行政では注意が

行き届かないのかなぁ・・・。




私の両親の新居がある所は、元いた場所のような壊滅的状況ではない物の

周りは半壊、大規模半壊の家も多く


ガスが来ていない地区もある為に毎日物資の配給と、お弁当の配給があります。



うちの両親の所は最近やっと調理ガスが使えるようになったので、お弁当は

貰ったり貰わなかったりしているようですが、配給物資は定期的に頂いています。

配給物資は、下着類の事もあればパンやソーセージ、時々果物等々・・です。

意外にインターナショナルでハワイの水などもあるのですが、

韓国のカップラーメンは分る物の・・


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こ・・・これは・・・・


母は  ”外国語できる人!!!説明して。”と期待の目で私を見ますが・・・


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牛の肉か何かでしょうか???  


良く分りませんが、遠いところの方々も 



 感謝です!!!!


うちの父は昼間にいない事が多いので、母は今まで一人で取りに行っていたよう

ですが、時々お水1箱などの重量のある物の配給があり、また以前は向こう5軒

いや、10軒までお互い気心のしれたご近所さんに囲まれていたのに、新しい

土地では、知り合いもなくなんとなく寂しい気持ちを感じるらしく物資を取りに

行くのが気が重いようだったのです。で、

私がいる間は私が並んでいます!!


今日は、

なんとお水1箱の配給があったので、腕がちぎりれそうになりながら運んできました042.gif

よく、戦争中の本などを読んでいて”配給に並ぶ・・”等という描写を読み、

昔の人は大変だったな~なんて思っていましたが、まさか自分が並ぶ日が来る

とは・・。震災以降 ”非日常”の連続ですわ・・。



昨日と今日は、津波で流出した物の再発行の手続きに行ってきました。

うーん、良くわかりませんがこの辺りの地方銀・・今世界で一番大忙しの銀行

なんでは??と思います。 昨日、銀行の紛失届けコーナーに並びながら


ココです閉店後なので誰もいませんが・・
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聞くともなしに、前の人の説明を聞いていましたが・・いやはや・・・

様々な状況がありますよ・・。

ディープな話しを結構あけっぴろげに話されていました。



そんな様々な状況の人が押しかけるのですから、一つの窓口でかかる時間は

やはり1時間くらいかかりますね・・。 日本の事務手続きの早さに慣れている

人には長いですが、正直フランスやスペインのあの手続きに慣れている私と

しては、”すごいな~”という感じです。少なくとも係員が無駄口叩かないだけ全

然ましですね・・。 というか、普段でもあれだけ事務手続きがかかるスペインや

フランスで同じ事が起きたら・・・・いや・・・考えない方が良いですね・・。



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何事も無かったかのような穏やかな朝の海岸・・


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by melodynelson-2812 | 2011-05-17 15:47 | 東北復興へ向けて

がれきも問題も山積みです!!

こちらに来てからなんだか忙しくしています。


テレビで現状を何もしらなさそうなキャスターが”復興の第一歩”とか
”着実に復興の道を・・”とか言っていますが、実際に現地に来て見ると
確かに、復興への動きはありますが、それは長い長い道のりの第一歩。



まだまだ問題は山積みです
!!!
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会う人、会う人皆口をそろえて住宅の問題、仕事の問題、そして地域の将来の事
を話します。 住宅の問題に関しては、ローンの状況また経済的体力、そして地
震保険への加入の有無によって人それぞれ状況は大きく変わります。
日弁連会長が被災者のローンを免除する”徳政令”を、金融相もケースバイケー
スでとちらほら報道されますが、具体的にはどうなるのか・・。

そして、仕事。この震災後に解雇、自宅待機になった人も多く一家の大黒柱であ
る私と同い年の男性の口からは”何でも良いから働き口を見つけたい”という言
葉を何度も聞きました。

若い世代の人たちは家のローンを払い始めたばかりの人も多く、住めなくなった
家のローンを払い続けながら新しい住居を建設していかないといけないのです。


そして、地域の復興・・。働き口がないのであれば職を求めて地元を離れざるを
得ない・・。若者が職を求めて町を出たら一体その後の町はどうなるのか??


今朝テレビに陸前高田の市長が出ていましたが、市長の苦悩を聞く限り多かれ少
なかれどこも同じような状況のようです。(仙台や名取などを除いては・・)



こちらに来る前に、全国紙を読み東京でニュース番組を見て来ましたが
こちらに来てから地元紙を読み、地方局のニュースを見ていますが、
あきらかに情報量が違うし、圧倒的な温度差に驚いています。


さて、赤十字社によせられてた義援金の一部がこのように使用されています。
***********************************

日本赤十字社等から提供される家電等について

 県や日本赤十字社等を通じて、現在、町で対応している家電6点セット等の提供は次のとおりです。

 1.提供対象世帯
  (1)町の応急仮設住宅に入居する世帯
  (2)県の借り上げ民間賃貸住宅に入居する世帯
※家電6点セットとは
  ①洗濯機、②冷蔵庫、③テレビ、④炊飯器、⑤電子レンジ、⑥電気ポット

***********************************


大変ありがたい話しです。

ですが、これは6点でワンセットで例えば自分はすでに電子レンジや電気ポット
は持っているのでいらないというような事はできず必ず6点ワンセットです。

様々な事情があるのでしょうが、これを聞いて初めに感じた事は希望者には
電化製品をいくつかの候補から選べるような柔軟性を持つ事は不可能なのだろう
か?という事でした。



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一枚目の写真のようなガレキが至る所に黒々と山を築いています。

このガレキの処理をどうするのか、具体的かつ有効な策はまだ見つかっていません。



岩沼市では、このガレキの上から盛り土をして堤防として利用できないか?という案が出ているのだとか・・。 勿論安全性の問題など話し合われないといけません。



ちなみに石巻市に現在あるガレキの量は、概算ですが石巻市が通常100年かけて廃棄する量のガレキに匹敵します。



二枚目の人形の写真を見た妹が


”これ、誰かが(写真用に)置いた人形じゃなくて元々こうしてあったものなの??”


と聞きました。


これは、演出も何もなくこのままの状態で発見しました。


ガレキの中の何気ない生活の切れ端を見つけた瞬間、今起こっている事は映画でも何でもない。

画面が変わったらハッピーエンドなんてないんだ。


そう強く思った瞬間です。




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by melodynelson-2812 | 2011-05-16 11:10 | 東北復興へ向けて

日常と非日常の混沌(カオス)の中で・・






 昨日、被災地に着いた私、昨日は何をしたかというと・・・








温泉施設に行ってきました070.gif070.gif070.gif




いえ、冗談でなくて本当にそうなんです。



私の両親が最近住み始めた新居は、狭いながらも思ったよりも快適そうで一先ず安心。



長い旅を終えて、朝食を食べ終わった私が思わず ”あー、シャワー浴びたい!”



というと、母が申し訳なさそうに



”ここじゃ、まだお風呂に入れないんだよ・・・”と言います。



電気もガスも復活しましたが、ここは都市ガスがまだ復活していないのです。



なので、引っ越して以来両親は親戚の家に貰い風呂に行っているようなのです。




自分の不用意な発言を後悔しましたが、すかさず母は



”その代わり今日の午後は車でいける距離の温泉施設に行こう。”


と言います。



”長旅を癒してもらいたい、というのもあるけど自分自身も貰い風呂ではゆっくりと入浴を



楽しむ事もできないから、時々はお金を払ってでも日帰り入浴に行きたいんだ。”



という母の説明に納得し、親子3人で温泉施設に行ってきました003.gif




母と向き合って大浴場で温泉に入っていると、心地よくて




あんな事がおきた事が信じられないようですが・・・



それでも偶然温泉で行き会った、知人と母の会話は





”あらー、生きてたのー?みんな生きてる???”



多分、日本で温泉地で人の生き死にの確認がなされているのは多分ここだけでしょう。




大いなる日常と非日常が同居する場所、それが被災地なのです。




うちの父は健康の為にと、朝ご飯の前に新居の周りを散歩します。



今日などは、爽やかな五月晴れの朝の散歩・・・。



その日常に広がる光景は





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一見するとただ路駐されているかと思われる車もよく見ると、



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処分される旨の告知が貼ってあります。


海水に浸かった車は外的な破損がなくても、廃車になります。


ちなみに、一般的な自動車保険では、自然災害での損害はカバーされません(知ってました?)



大いなる日常と、想像を超える非日常・・・。


大型商業施設で、電化製品を見ている若い2人組みの女性・・



”うわー、これ超安ーい。しかも新しいモデルだっちゃ。”


この会話だけを聞くと、まるでそれは何気ない若い女性の買い物の風景ですが・・



その後の会話は



”うーん、でもカセツの抽選当たってから考えなきゃだな~。”




カセツというのは仮設住宅のことです。



ここではケータイやメアドと同じように”カセツ”が使われつつあります。







温泉にしっかり温まり、脱衣所を一緒に出た先ほどまで一緒の湯船に浸かっていた女性達




脱衣所を出る時は、赤十字社の作業着を着ていました。



ここの近くには自衛隊の臨時基地がある為か、明らかに自衛隊員という人がたくさんいます。






日常と非日常の混沌(カオス)



テレビでは衝撃的な映像や、美談ばかりが取り上げられますが



でも、被災地の人達はなんとか非日常の中で日常を取りもどそうとしながらも




日常の中に暴力的に入り込んでくる非日常との混沌の中を生きています。







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by melodynelson-2812 | 2011-05-12 16:49

長い長い移動の末・・・


 長かった~!!今日本にいます。 



パリ~成田~東京~石巻



一気に移動しました。049.gif




しかも、今回は仙台以降電車が無い為、色々考えた末東京から石巻行きの夜行バスで



移動しました。


なので成田に着いてからのワンクッションがなかったので・・・・042.gif



機内1泊、バス内1泊の2夜(なんだろうか・・?)の後の久々の母の味噌汁の温かかった事(涙)





何故 パリの前にMadrid からの移動が無かったのかというと



出発する日の昼間に、うちの会社の本社で津波被害の実情をわかってもらい



あわよくば募金もしてもらおうという企画が持ち上がり、私もそちらに参加する為に


前日からフランス入りしていたからなのです。




本社の最も人の往行の多い場所に、津波被害の雑誌の切り抜きや写真などを貼ったパネルを


掲示し、興味を惹くために折り紙や和風小物なども置いて、そして緑茶やちょっとした


お菓子も置いてみました(←エサでつる)067.gif



チャリティーバザーやコンサートなどのように参加者がその趣旨を分っている状況と違って


仕事中に通りかかった人がふとパネルに足を止めた時にうまく話しかけて


実情を説明する・・・という状況にはじめは難しいかな~なんて思っていましたが



意外にも多くの人が足を止めて話しを聞いてくれました。それどころか、あちらからも色々と質問してくれて長い間話し込む人もいました(←仕事は?)


一番多かった質問は



” みんなはどこに住んでいるの? ”




”福島原発からはどれくらい離れているの?”


でした。 




中には、”家が無くて困っている人に、うちの田舎の家を提供しても良い”


と言う人や


”私の住む都市と姉妹都市を結ぶように市長に働きかけてもよいか?”



などと仰ってくれる人もいました。







そして、募金も最高500ユーロ(!)を筆頭にたくさんの方が小切手を切ってくれました。



本当にありがたい事です・・・・。





本当にありがとう。 

Merci beaucoup !!!!!!!
019.gif



募金は勿論嬉しけれども、大勢の人の興味を喚起できたという事で・・・




この後の移動だったので、空港では色々とトラブルがあったものの満足感を胸に


旅ができました!!




心配したインターネットも無事使えるようなので、




しばらくこちらからブログ更新したいと思います。 040.gif





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by melodynelson-2812 | 2011-05-11 09:49