こけしワールド

 蔵王高原の麓、遠刈田温泉郷。



ここは知る人ぞ知る



こけし愛好家の聖地



たかがこけしと侮るなかれ、いくつかの系統に別れたふかーい世界なんですぞ。


こけしの系統(← 詳しくはこちらをクリック願います)



そしてここはその系統の中の一つ 遠刈田系こけしの本場




エルメス好き女子がパリ本店に入店する時と同じときめきを感じつつ、
(ってか、8年すんだにも関わらず入店した事ないから想像だけど。)





こけし館へと入館 !! 




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いや~、ここ こけし恐怖症の人が来たら確実にショック状態になりますね。




それにしてもこけし一つ一つの顔をよく見ていくと・・・



面白すぎる~060.gif



普段から私は電車の中で人の顔を見るのが好き(←ブシツケ?)


こけし達の顔も一つ、一つ違っていて、 


さすがこけし館、 個性派こけしのオンパレード 049.gif




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一つ一つにくだらないあだ名つけていたのですが、特にここで記すのは控えます(汗)。




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あ~、尽きない~。





こけし館を見学した後は、おまちかねのこけしの販売コーナーへ。




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うーん、展示コーナーで見た


目の周りが赤い(通称ヘビメタさん) に似たのか、



まつげが長くてボディに女性的な凹凸がある(通称東南アジア風ドールさん)に


似たやつがないかなぁ。。と探したのですが


こちらで売っているものはクラッシクな物のみです。





太っ腹を装い、



”好きなもの選んで良し。”



と母の好きなものも購入 




そして・・・・




ジャーン !!!


母のこけしコレクション第二章、



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今までjunkoさんから頂いたこけし一つだけでしたが(向かって左端の美人さん)



ここで買ったこけし (中央) と



蔵王の頂上の土産屋で買ったこけし (右端)



と3つに増えました 060.gif





うーん、





ラブ 053.gifこけし


ラブ053.gif民芸
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# by melodynelson-2812 | 2011-08-10 08:43 | 好きな物

蔵王温泉の旅

 蔵王温泉に行ってきました。



蔵王連峰というのは奥羽山脈の中の山々で、宮城と山形の二つの県にまたがっています。



温泉もありますし、冬はスキーやスノーボードができます。




最近は樹氷の間をぬいながらのスキーが有名です。


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良い所ですよ~。



東北といえども暑さが厳しい時でしたが、さすがに蔵王高原と呼ばれる高地は



下界よりも涼しいし、緑が深い。



温泉に浸かり


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近くの林を散歩する



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そして何と言っても目的は



蔵王のお釜




実は数年前山形側からこの蔵王のお釜を見に行った事がありましたが・・



その日は山の頂上にはガスがかかっていてこんな感じ。



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どーにもこうにもガスがかかって何にも見えない。


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とりあえずお釜の周りをぐるぐる歩いたり、


隣の峰を目指して歩いてみる、


ガスがものすごくてなんと言うかというか・・



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賽の河原もかくやというか・・


恐山もかくやというか・・


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おかげで幻想的な写真が撮れましたが・・


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今回は、








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完璧な お釜日和


前回来た時に


”また綺麗に見える時に一緒に見に来ようね。”



とアンヘリートさんと約束したんですが(汗)。



すまん、 あなた様抜きでこんな完璧なお釜を満喫しました。




今回のこの蔵王訪問というのはちょっと特別な旅行というか・・、



うちの両親が元々申し込んでいた被災者支援の旅行に私がぎりぎりになって


外部からの参加という形で飛び入りしたものなので



私には場所を選ぶ余地はなかったのです。



一緒の宿泊施設に泊まっていらっしゃる方達は



被災地から長期、もしくは私達と同じように2泊3日の旅程で滞在している人達ばかり。






同じ宿泊施設でお話しした人達は



震災以降、初めて被災地以外の場所に来た人達もいて、



この完璧なお釜の景色を見てとっても喜んでいました。



うちの両親を初め、皆一様にお釜の神秘的な様を見て




”こんな景色みれるんだから、 生きてて良かったね~。 ”



と言うのですが その一言、真に迫りすぎです。


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天気が良くて本当に良かった。


前回みたいな、歩き続けたら彼岸にでもたどり着きそうなあんな雰囲気だったら


せっかく、みんな気分転換に来たと言うのに・・・


楽しめませんって・・・。


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頂上の神社でお参り。



 なぬっ !!



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 な・・な 何故!?


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ま、いいや。




それにしても本当に今日はお釜が綺麗にみえるなー。


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頂上のレストランで


お決まりのずんだ団子を食し

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玉こんも食し

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満足




出発の日は


短期滞在組は


”こんな良い所にこれ以上いたら被災地に帰るのが辛くなってしまうから、帰らないとね~”


といい


長期滞在組みは


”良い所って言ったてさ、こっちはやっぱり帰りたいよ、自分の家に。

いや、もうそろそろ俺達も帰るんだ。生活再建しないと。 ”


と言う。



別れる時はやっぱり



”ま、お互い がんばっぺ~!      ”


となる。




それにしても、地理に詳しい人ならお気づきだと思いますが



ここは宮城でも南部、



ここから一番近い都市でのモニタリングポストの放射線値は県内でも高い値を示します。




こんなに空気は澄んでいて、眩しいほどの緑に溢れているのに・・。




どんなに楽しい時間を過ごしても、やっぱり憂鬱がつきまとう。



邪気なく東北の夏を楽しめた、数年前の夏のあの日のあのままの状態に戻して欲しい、



と心から思います。



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# by melodynelson-2812 | 2011-08-07 07:52 |

子供たち



  文藝春秋の8月臨時増刊号はその名も


 ” つなみ ”  


被災地の子供80人の作文が載っています。


子供たちといっても幼稚園から高校生まで年代にはかなり差があるのですが


みんなものすごく上手に作文を書いています。


そしてみんなそれぞれに辛い思いや悲しい思いをしたんだなぁ・・ と涙が出る事もありますが


でもみんな前向きでしっかりとした事を書いていてとっても頼もしいです。


その中のいくつかを紹介します。






つよくてやさしい人になりたい。

南三陸町 志津川小学校 一年   山内君


 3月11日、その日、ぼくは5じかんじゅぎょうでした。 学校から学どうにむかうと中 とつぜん
つうろがゆれました。   とてもつよくゆれたのでこわかったです。

じしんがおわってから、友だちといっしょに学校にもどりました。 すこしくらくなってから
しづ川につなみが来たと先生から聞きました。

ぼくはその時、つなみがどんなものなのかよくわかりませんでした。
きょうしつですごしたその日のよるは、とてもさむかったです。おとうさんとおかあさんに
あいたかったです。

つぎの日、おとうさんがむかえにきました。 おとうさんと学校から下りていくと、いつも見ていた
たてものがこわれてなくなったりしていました。
くるまもいっぱいつぶれていました。 はしもこわれてました。

ぼくのいえははんぶんこわれていました。ぼくはとてもかなしかったです。

小学校のたいいくかんでは、でんきもつかなくて水も出なかったけど、おとうさんとおかあさん、
おねえちゃん、おじいちゃん、それから友だちもいっしょだからさみしくなかったです。

たいいくかんでせいかつしているあいだ、たべものやふくなどひつようなものをたくさんもらいました。
ぜんこくのたくさんの人たちが、ぼくたちのためにおくってくれたのだそうです。

じえいたいの人たちがまいにちごはんをつくってくれました。 ボランティアの人がきてくれて、
いっしょにあそんでくれました。 
ぼくは、たくさんの人にたすけてもらっているんだなぁとおもいました。

こまっている人がいたら、ぼくもたすけてあげたいです。 そんなつよくてやさしい人に
なっていきたいと思います。






夢だったらいいなー

大槌町 赤浜小学校3年  柏崎君


 3月11日、ぼくは、学校にいまいした。 すると、とつぜん地震がきました。そしてぼくが
〔地震だ。〕 とさけびました。

みんながつくえの下にもぐりました。そのときぼくは、津波がくると思いました。
地震がおさまって校庭にひなんしました。 みんなびっくりしていました。
ふく校長先生が三メートルと言いました。

水門をふつうにこす津波がおそってきました。学校のフェンスをこわしながらも学校におそい
かかりました。
ぼくは、いそいでにげました。

余震がつづき電信柱がたおれそうでした。それを見てすぐにげました。山の方にダッシュで
にげました。

津波のゴゴゴゴという音がすごかったです。 3回れんぞくの津波がきてびっくりしました。
家も車もめちゃくちゃで夢をみてるようでした。

すごく寒くて先生のジャンパーをかりたのであたたかかったです。

津波がおさまり、学校の上にあるうめさんという人の家にとめてもらいました。
二日目にお父さんが山田町からあるって帰ってきました。 うれしかったです。

十三日の朝お母さんがまさないから帰ってきたのでとてもうれしかったです。
おふろがないのと電気とガスがない生活をしてみて前の生活がしあわせな事に気づきました。
だから、これからは、むだづかいをしないようにしたいと思います。

うめさんの家から学校にすむことになりました。 一度津波が来たところなのでふあんでしたが
みんないっしょなので心づよい気持ちになりました。

自衛隊のお風呂に入れた時はとても気持ちがよかったです。
自分の家をみにいってなにもなかったです。

ぼくが
〔夢だったらいいなー。〕
と言いました。 そしてお母さんも
〔そうだね。〕
とかえしてくれました。
これからぼくは、前向きにがんばりたいです。





小学校一年生と三年生、とても大事な事を書いています。

感謝の気持ち、物のありがたさ。

40歳の不惑の年でもこういう事もわからない馬鹿者もいるというのに・・。


こういうしっかりした作文も良いですが


こういうのも素直で気持ちが伝わるなーとおもうのです。



お母さんにおこられた

名取市 ゆりあげ小学校3年生  加藤君


 このときにDSをやったのがばかでした。
しんさいのときDSをやったらお母さんにおこられました。



かなしいきもち

仙台市若林区  ろりぽっぷ幼稚園 みさきちゃん


かなしいきもちだった。 うちの犬のもかもまろもうさぎもしんだもん。

いやなきもち。

うちのねこのてつはいきているけど、のらねこのよしだもいきてるもん。





すごく素直だなぁ。




さて、私が出会った子供達も頼もしくて良い子たちでした。


ある日私は


現在避難所となっていて使えない小学校が仮校舎として使っている中学校に置いている備品を


近くの別の小学校に運び出すという引越し作業を手伝いました。




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こんな、学校の備品をひたすら運びだし 小学校に着いたら入れる

を繰り返します。



ひたすら机やいすの搬入が続くので


お手伝いに来た小学校の父兄( 平日だったので主にお母様方 )が一列に並んで

バケツリレーで小学校に運び込みます。 


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 ちょっと一休みの図



運び込む机の上には間違えないようにと 年と組と名前を書いた紙が貼り付けてあります。

その横には



” お願いします。 ”  ” ありがとうございます。 ”


のメッセージが書いてある。


世の中、このありがとうございますが言えない大人がごまんといるというのに


えらい子達です。

中には


 よろしくねがいします。

とか

ありがとうございまた。

とか誤字があるのも微笑ましい。



終わりのないいすや机の搬入が終わっても、紙類や標本などのハードな物が続き

めげそうになりますが


横では、 柔道場が物置になっているのか、使用できない為に

畳を外に置いて、 青空柔道場を設置して 熱心に柔道の練習をしている子供達がいて・・・


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この子達の気合がものすごいので、


思わずこちらも気合が入る 066.gif




バケツリレーの先頭で受け取った物が、ちょっと安定感がない物だったので

渡さないで直で小学校にもっていきまーす。。。 と荷物を運び込まんとと

小学校の建物にはいると・・・



そこには



小さいからだの両手を大きく広げて



” よっしゃ、こーい ! ”


とばかりに荷物を待ち構えている小学校低学年の子が (汗)。


やる気は買うけどちょっと渡せないー と思って


” ごめんねー。ボクにはちょっと重いかもー”


と言って、荷物を所定の位置まで運ぶ。


荷物を置き終わった後に


( いや、あの子男の子じゃなくて、女の子だったかな??? )


と思い返して、 そのこの所に戻ってみると


案の定、 



俯いて  ” 男の子に間違えられた・・・・ ” と先生なのか保護者なのか、大人の女性の前で

拗ねている 007.gif





実はこの男の子に間違われる悲しさというのには私はちょっと敏感で・・。


というのも私自身、小さい頃全く母親の好みで髪型をベリーショートにさせられていて

よく男の子に間違われたのです。


まあ、性格も男の子っぽかったのでしょうがないのですが、これがものすごーく 


嫌 !!  


だったので、男の子に間違われる気持ちはよーく分かっているのです。









慌てて



” ごめんねー。 言ってからすぐ女の子だったー。って思ったんだよぅ。 女の子だよねー

どう見たって。 ごめんねー。急いでたから間違ってしまったんだよー。”




というと機嫌が直ったのか、 顔を上げてこちらを見てる。




”えらいよねー。お手伝いしたいの?? ” 

というと


恥ずかしそうに笑っている。  とっても良い笑顔だった。



こんな小さいからだで、あんな重い物を持とうとするなんて・・。


大人が働いているのをみて自分も何かしないと。


と思っているんだなぁ。




私達大人はこんな子供達にものすごい借りがあると思います。


この子達は津波被害という苦難だけでなく、 放射線被害という苦難にも直面しているのです。


原発という政策を受け入れたのは完全に大人の世界の大人の理屈。


そして放射線汚染の被害を最も敏感に受容するのはこんな素敵な子供達。




小学校3年生だって、これからの自分の態度をかえなくちゃ。って思っているんです。


なんで私達大人がそういう風に思えないんだろう?



充分すぎる程悲しい思いをしたこの子達が笑って暮らせる社会を築くのは私達全員に


課せられた責務だと思うのです。



どこに住んでいたって関係ないです。


この子達の為に 何かを始めないと いけない。


そう思うのです。


こんな活動されているかたもいます。


コラボスクール 女川向学館 

たくさん学んでくれ子供達。 向学館では様々な形での支援を募っています。


私の友人junkoさんは

首相への提言書への署名を募っています。

こちらから




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# by melodynelson-2812 | 2011-08-04 08:01 | 東北復興へ向けて

腹立ちまぎれ。



 むきーっっっっ ! 




投稿直前のブログ記事過ちで消してしまいましたぁぁぁぁぁ。032.gif031.gif





ってな事で




腹立ち紛れに、向こうにいる間に撮った




ディープな東北のパーキングエリア写真アップします。



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どこのパーキングエリアもまずは



遠くから支援に来てくれた人へのお礼を欠かしません。





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名物 玉こん の何たるかが分る人は


相当の 山形通です。


それは玉こんにゃくという丸いこんにゃくをあまじょっぱく煮たものです。


大して美味と言うわけではないのですが、


屋台があればほぼ100%購入してしまう・・抗しがたい名物です。




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こんな商品がパーキングエリアに! というよりも


こんな商品が存在するとは! という驚き。




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すみません、動物ネタに疎いのですが話題の犬か何かでしょうね。



この商売っ気、フランス人もスペイン人も少し真似たらどうだろう?




特にスペイン、商品開発って概念ある??



日本人は商売っ気が過多すぎかも知れないが・・。




そして、

蔵王山で飲んだ飲むヨーグルトが美味しかったので、それかと思って近づいてみたら・・




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白魚がぎっしり詰まっていました。


これを瓶ごと一気飲みしたら。。。むせるな 。。






ところで、これは帰路で寄ったパーキングエリアなのですが・・・



蔵王山への往路 道すがら立ち寄ったパーキングエリアの公衆トイレに



あろう事か、母が



お金やら家の鍵やら罹災証明書やら通帳やら印鑑やらとにかく大事な物が入ったバックを



忘れてきてしまったのです。



津波から避難する時もしっかり持ち出したものをこんな不注意で失くすとは・・・・




洒落になりません・・・




と、言いたいのをじーっと堪えて



一時間後にその場所に戻ってみると・・・・





親切な方が隣の売店に届けてくれていました!!!!






売店の方が電話番号を教えてくれたので、お礼を言う為にその方に電話してみると・・・





その方は関東地方のある都市から南三陸町のお知り合いの方の安否を探しに来て



その帰りだったのだとか・・。



残念ながら、その方の安否の確認は分らないまま帰路につく途中だったのだとか。



父が南三陸町の身元確認ができる連絡先を知っていたのでそれを伝えて電話を切る。





後日、母がお礼の品を送った所先方からお礼の電話が。



南三陸町のお知り合いの安否の確認が取れたのだとか !!! 




良かった !! 




震災以来、 色んな人と色んな形で関わりができる。




バックをなくした時は肝を冷やしましたが、




結局は笑い話しにできる結末でした。 
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# by melodynelson-2812 | 2011-08-01 00:37

霊性のような物

3日前にMadridに帰ってきてから、仕事でパリ→マドリッドの移動050.gif




昨日の夜は疲れきってボンヤリしていましたが・・



今日は復活 049.gif




記事は引き続きあちらで考えた事、起こった事など続けます。

 

***********************************


世の中偶然とは思えないような事ってありますよね。



それが起こった時の事を考えると何か見えない力 ( 霊性 のような物の力が働いた



としか思えないような事。



そういう事って時々あるんだよなぁ・・。





今、被災地では着々と届けられた写真の洗浄と整理が進んでいます。


気仙沼や大船渡では他の都市と提携して写真洗浄のアウトソーシング


要は津波を潜り抜けた写真を被災地以外の場所に送って、洗浄と整理をしてもらった


後に元の場所に送り戻すという事なのですが・・




そういう活動をしている所もあります。

これなら、遠くから被災地まで来る必要もなく、自分の生活を続けながら

ボランティアができますね。




女川町はまだそういったアウトソーシングはしていませんが


5月に行った時に比べたら格段に洗浄と整理が進んでいます。



まず5月はこのように・・


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野ざらしにされていた写真達が







屋内に保管されています。


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そしてかなりの数の写真が(見つけられた)地区毎に分けられ、


一枚、一枚に認識番号が点けられて探しやすいようになっています。


アルバムごと見つかった場合はアルバムにも認識番号がつけられてて


アルバムの写真の一部のみを展示して、出来る限り多くの写真が持ち主や家族に発見され


返されるシステムが構築されています。




勿論、それらの写真は洗浄されて、綺麗なアルバムに入れられています。




ここまでして下さった写真洗浄に携わった方達には本当に頭が下がります。





というのもこの写真洗浄というもの、


実際やってみて分ったのですが、




かなり神経も使うし根気もいります。





まずは届けられたアルバム類や写真の束を全部別々にします。


別々にするというのは届けられた写真は全て海水に浸かって大抵の場合油や砂がこびりついて


いるので、まず写真を傷つけないように引き剥がさないといけません。




そして一枚一枚の写真の裏に地区と番号を記入していいきます。



そして一枚ずつ洗浄 → 乾燥 → 地区毎のアルバムに収納 → 

→ すぐ取り出せるようにアーカイブ



という肯定を辿ります。


砂や油がこびりついた写真を破かないように、色を落とさないように一枚一枚、


筆や歯ブラシや刷毛を使って洗浄をする作業は細心の注意が必要になります。




しかも・・




湿った物があって、バクテリアなどがこびりついた物(写真)があるここは




ハエの楽園




作業中にハエの攻撃にさらされて、ますます神経が・・・。



こちらでの作業一日目、


大まかな作業の手順を教わって ”さあ~、やるか~ !”


と思っていた私の目にふと飛び込んできたのは・・




なんと・・


 私の姉の名前と誕生日が書かれた紙



 ? ? ? ? 




こちらでみんなと作業している間は自分の写真捜索はしない。



と決めていたのですが



さすがに気になって 思わず




”この紙何ですか?うちの姉の名前が書いてありますけど・・”



と聞くと



写真洗浄の責任者の方が



”その紙の後ろにある入れ物の中の写真が貼ってあったアルバムのね、 裏表紙に書いてあった


のがその文言ですよ”  と仰る。




アルバムや写真にヒントとなるような文言や名前があった場合は見つかりやすいように


写真の上にその文言を書いた紙を貼り付けているのです。




ということは・・





 姉のアルバムだー 049.gif







と思って、後ろにある写真を手に取って見て見ると・・・・








全く知らない人達の写真ばかり・・・・。




作業をされている方が親切に



”よーく見てご覧。近くの番号の物も見てご覧”



と言ってくれますが、 どれも私が見たことのない写真ばかり。




おかしいな~写真がごちゃまぜになったのかな・・と皆で首を捻りながらも



ともかく洗浄作業を開始。



さて、現在私の両親が住んでいる借家は元々が母の従兄弟が所有するものでして



そもそもこの家主さん自身も津波の被害で家に住めなくなったので3:11以降に



こちらに引っ越してきたのです。


で、実は家主さんのお隣に住んでいるのも被害を受けた母の従兄弟家族、


で新しく引っ越してきたばかりの階下の住人も母の従兄弟。





まるで  福建省の客家の土楼 
 (分らない人はwikiって下さい。) 


もかくや、という状態になっていまして。



やっぱりああいう一族だけが住む集合住宅ってのは、厳しい生活環境を乗り切る知恵だったんだ


な・・と妙に感心している私、まりまんどななのですが・・。




で、新しく階下に引っ越してきた母の従兄弟。実は



母上(母にとっては叔母)が津波が迫る中 家にいる所を目撃されて以来行方不明なのです。



従兄弟本人は船乗りなので、その時は家におらず難を逃れましたが



独身者の彼は独身で船乗りという特殊な生活リズムで暮らしている事もあり


今までずーっと母親と同居していたのです。




いずれは母親と離れて暮らす日が来ると思っていたとは言えこんな形で


一人暮らしを始めるとは周りはおろか本人も予想だにしなかった事。




母とはかなり年が離れているとはいえ、ばっちりおじさんの年齢の従兄弟。





みな、その境遇を気の毒がって船を下りてすぐに生活が始められるように。と



生活用具一式を用意して部屋を整えて彼の船が寄港するのを待っていました。




数日前にその彼が引っ越してきてからは 彼が寂しい思いをしないようにと


代わる代わる、夕食に誘ったりしていました。




前置きが長くなりましたが・・




姉の誕生日の書かれたアルバムの事をいぶかりながらも作業を続けていると




何故か、ふと



”あの母の従兄弟は若いとき、女の子っぽい顔してたよな・・”という記憶が突然甦る。




そんな脈絡のないことを考えていると、一緒に作業をしていた男性が


”ねーね、もう一回写真良く見てみなよ。知り合いかもしれないよ。”


と話しかけてくる。



で、期待もせずに写真の束の一枚をまた手に取って見て見ると・・・




白黒の写真の中の小さな男の子。 目が大きくて女の子っぽい子。



似てる・・・・ 母の従兄弟に似ている。







今度は真剣に、他の写真に写っている人達を見てみる。



なんと、そこには若かりし頃の彼の母親が写っていました。


未だ行方不明の彼のお母さん。





私の記憶の中では老女のイメージしかない母上ですが、写真を撮ったころはまだ20代と思われる



頃で、お洒落なワンピースを着ている。


あまりにイメージとかけ離れているので、気づきませんでしたが



そう気づいてから見て見ると、そこに写っているのは小さい頃の母の従兄弟達や


その両親達。



そこまで来ると、そのアルバムは姉の出産祝いのお返しに私の両親が母の叔母に贈った



ものなのだろう。という推測が容易に成り立つ。




事情を説明して、同じ認識番号がふられている写真を全て新しいアルバムに貼り治し



持ち帰ってみる。




帰宅後、母の従兄弟に電話して夕食に誘ってみるも遠慮をして ”いらない ”と言う。



”今日、すごく良い物拾ったんだよ。”



というと すかさず     ”何拾った?” 


”知りたかったらご飯食べに来るんだね。 ”   


と半ば脅し気味に食事に来させて





アルバムの中の彼の小さい頃の写真を見せながら




” この人誰??”




と聞くと




”・・・・・・・・・ 俺だ ・・・・・・・。



”じゃ、この人は?? ”


と若かりし頃の母上を指すと、




だまーったまんま、質問に答えず写真を見始めました。



最後まで見終わってからまた初めから見始めました。



”おやじの写真もある、珍しいな~。”



とか何とか言いながら、また最初から見始めました。



笑いながら、何度も何度もアルバムを見ていました。






写真洗浄の作業は私は3、4日しかしていないのですが、その初日にこのアルバムを



見つけたというのは、やはり写真が私を呼んだとしか思えません。




だって ↓  こんな量の写真があるんですよ。

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ところで・・・



ちょっと気まずい事が一つ。



見つけたアルバムの中に、一つだけ年代がちょっと違う2枚の写真。


生まれて間もない赤ちゃんの写真。


理屈から言えば、これは姉の写真なんだろうか??



と何度も見てみるけど どーしても姉の小さい頃と結びつかない。


作業場に迎えに来た父に早速その写真を見せると




” この子はまりまんどな姉ではないね。 ”


と断定。


ま、確かに女の子というよりも男の子っぽいかな・・・と思いつつ、



帰宅後、その写真を見て母が一言。



”まりまんどな姉の写真だ !! ”



”でもお父さんが違うって言ってたよ。 ” と言うと




  "自分で産んだ子を間違う母親はいない。”
 



と一言。



父は無言でしたが、



男親ってやっぱりそんなもんですかね??



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# by melodynelson-2812 | 2011-07-29 03:57 | 東北復興へ向けて

来ないと伝わらない物がある。

 


 いやはや、なんだかんだと忙しくて(汗)。



ここ数日、どうせ被災地にいるのならこちらでボランティア活動をしている方達の



お手伝いでもさせて貰おうと思いまして、



ある時はかなり行き当たりばったりに、参加させてもらい・・・



何でも屋のごとく色々やりました(笑)。




ある時は側溝のヘドロ除去、ある時は津波の後に見つかった写真の洗浄、


ある時は引越し手伝い、ある時は津波でバラバラになった冷蔵庫小屋の組み立て(!)


ある時は避難所の草むしり・・




そこで、様々な人達に会いました。



色んな方が色んな理由で 石巻、女川に入っていて 興味深いお話しを聞かせていただきました。


皆さん真摯にご自分の事を語ってくれて・・


"ありがとうございました! 
 



石巻にも女川にも縁のないたくさんの人達が、何かをしようと思って来てくれていると


知る事ができただけでも、すごく力強い気持ちになれました。





みなさん ほーんとに色んな形でこちらにいらっしゃっています。











うちの地区の地区長さんが ”明日側溝のヘドロ除去やるよー!”



というので、頭と首にタオルを巻きつけ かなり男前な姿で集合場所に行くと・・・


そこには某有名ボランティア団体のチョッキを着けた若者の集団が!!





どうやら、側溝掃除をするのはボランティア団体の方で 地区の方はその補助をするようでした。



男前066.gifの服装で準備して来たからには・・


ここで引く訳にはいかない。



ものは経験、


というのも自分自身では絶対関わる事はなさそうなこの有名ボランティア団体の


活動に参加できるのなら 是非 。




 興味津々 ですっ!!





指導者的立場と思われる若者のノリが妙な感じで私がこの団体に関して持っていた印象と


ものすごく合致する感じで、 



あー、こういうノリなー(苦笑) と一人ヤサグレながらも・・




側溝のヘドロ除去!  




けっこう   大変  です・・。



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しかも、この日の暑さは 東北とは思えない程の




真夏日 058.gif



側溝のブロックを外す → ヘドロを掻きだす → ブロックを元に戻す 


と同時に


ヘドロを土嚢袋に入れる→ 土嚢袋を縛って → トラックに載せる


作業をする。



みんな汗だくでほぼ無我の境地に至りそうになりながら作業を続ける。



しかも近くに工業港があるこの辺りは石油タンクが横転した為にヘドロが石油臭っっ。



粉塵マスクをしようとも、その臭いが伝わって来る・・。



私は主に土嚢袋の保持・管理をしていたので




お陰様で 今は




特技: 土嚢袋を綺麗に結べる事




と履歴書にかけそうです。




休み時間の間に参加者に聞いたところ彼らは



金曜日の夜に東京をバスで発ち、土曜・日曜と作業をして日曜日の夜にまたバス、月曜日の


朝に東京に戻る。



という超・超・ハードスケジュールできているらしい。





しかも宿泊施設には シャワー設備無し 





本当に、彼らには 感謝 と尊敬の気持ちだけれども、




正直、これはあまりにハード過ぎてリピーター来てくれるかな・・・とちょっと心配です。




学生さん風の方もいましたが




殆どはお勤めされている方で、連休を利用して来られているとの事。





説明会やボランティア保険の加入もお昼休みを利用して行かれたんだとか・・。





私はヘドロ除去作業の後に帰宅しましたが



彼らは女川に”視察 ” に出発しました。






この被害が大きいところの視察に関しては地元の人でも ”見世物にしないで!”という


意見もありますが 私は個人的には




どんどん来て見て下さい!!   




と思っています。





あのね、写真やテレビでは伝わりませんよ。何も。




私があちらで知り合った看護師さんが仰っていました。






この方は看護師の資格を生かしてボランティア活動をすべく仙台のボランティア団体に



登録して、かなり遠方からいらっしゃっていた一本気で素敵な方なのですが




その方は




”仙台から石巻の被害の無い地区を通ってきた時に、あまりに普通の生活が続いていて


自分はここに来た意味がなかったんじゃ?と思ってんだけど。ある一点を超えて廃墟のように


なった町を見たときの衝撃はものすごかった。”



と仰っていました。 そして



”それは、テレビや写真と見るのとは全く違った現実感があり津波被害の本当に意味がわかった”



とも言っていました。




そして嬉しい事に




”この町がすごく好きになったから絶対絶対また戻ってくる。”とも。







高校生のお嬢さんを連れたご夫婦は車で横浜からいらっしゃっていました。




”毎月一回のペースで週末来るようにしているんです。”



とか。


余震が来てお嬢さんは怖がっていましたが、テント持参で来られるこのご夫婦の



お嬢様なら大丈夫!! と妙に安心。





やっぱり、その場にいってそこの空気を吸わないと分からないですよ、そこで起こっていることは。






こうやっていらっしゃっている方は何も特別な方々ではなくて



とにかく、何かしたい!という気持ちがある以外は私のようにごく普通の方達です。





被災地に一度来て見ませんか??  







誰の為でもなく自身の為になるはずなんだけどな。



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# by melodynelson-2812 | 2011-07-24 23:30 | 東北復興へ向けて

2ヶ月経っての変化(女川)

 


 5月に来た時からの変化 先日は石巻市でしたが今日は女川町です。




何日間かに分けてあちこち行って来ました。


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・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、




相変わらず、爆撃を受けた地のように



建物の残骸だけで、何もないねぇ・・・・





試しに上の方から見てみたけど・・




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荒地のごとく・・・ 寂しいねぇ・・。






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ここの建物の上に乗っていた家が・・



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撤去されていました 049.gif



今までは町の小学校に間借りしていた町の庁舎ができました。


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そして町の小学校に行って見ると、



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子供達に灰色の町ばかりを見せていては可愛そうという事で、



教職員達や町の人が中心となって春に植えた花達が咲いていました。



奥の方で花の手入れをしているのは教頭先生。



お話しを聞く限り、花の手入れが得意な様子。


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どんどん大きくなれ! ヒマワリの花!!   






そして 校舎の軒先には



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幸せを運ぶというツバメの巣があり、


しかもツバメのあかちゃん達が忙しく鳴いていました!



ツバメさん達、今年もここに帰ってきてくれてありがとう003.gif







さて、町内の商業活動としてこんな物がオープンしました。



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コンテナ村商店街



これは店舗を失った商店主達が集まってコンテナの仮の店舗を使って営業しています。



このコンテナは無償で提供されており、またこの土地も町内の方が提供してくれました。



中には花屋、豆腐屋、電気屋、八百屋、食堂、海産物屋等があり



最近は小さい居酒屋もできました!



実は上記の写真は他所のブログからお借りした写真でして・・。




私は着いてそうそうに商店主の一人と



立ち話し (地元でいう”話しっこかだり”)に勤しんでしまい、写真を撮るのを



失念していました・・・。



オープンに奔走した商店主の奥さんがオープン前に




”とにかく、町の人が来て <話しっこかだり>でもしてくれればそれで良い”



と言っていました。


*:だからと行って話しだけして何も買わずに帰ってきた訳ではないですよ。
  数の子お買い上げ。




そしてこのコンテナ村商店街の近くには




先日紹介したご当地キャラ 



リアスの戦士 イーガー



のプロジェクトに関わっている方のお店




通称、  イーガーハウス 

が営業しています。



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海草や手作りの小物を売っています。



海草好きの私は当然岩のりとあとは手作りのラブリーな草履を お買いあげ!



しかも・・ 図々しくもふのりをおまけに頂きました(汗)。



ここではみなさんお忙しい中店内に招き入れて頂き



長々と茶飲み話し <おぢゃっこ飲みとも言う。>をして参りました。


すっかりお言葉に甘えてしまい・・




この時に年齢が近い、お店を切り盛りしている女性達との会話はとても興味深いもので



後日ゆっくり記事にしたいと思いますが・・・






現在、被災地では大手コンビニ、大型スーパーの出店ラッシュが始まっています。




特にコンビニには雨後の竹の子のごとく・・・。




そして民主党のあの方にも縁が深い、石巻市内の大型スーパー



いつ行っても




人がいっぱい




今後 次々に大手資本のチェーン店の出店が始まるでしょう。




反対に資本力がない個人商店や、地元の企業は様々な理由で事業を始める事を


躊躇しています。





資本力で淘汰されてこの辺りには大手資本のチェーン店ばかりになり



石巻も女川も南三陸も気仙沼も宮古も・・・



どこにいっても同じような店が立ち並ぶ、同じような町並みが並んでいたら・・・




考えただけでもおぞましいです。





しかし個人商店が撤退していく減少は、今に始まったことでも


被災地に限った事ではない物の、



この災害の後で、その減少にさらに拍車がかかるのでは・・と私は危惧しています。




今私達は実は ”東北の新しい町のあり方”ひいては ”日本の新しいコミュニティーのあり方”

を決める重要なポイントに立っているのではないか?


と思うのです。




女川コンテナ村商店街の方々の気概とやる気を見てつくづく


守らなければいけないのはこういう様な物なのではないか?


コンテナ村によちよち歩きで買い物にくるお年よりと、店主の光景を見て


なんとしても失ってはいけないものがある。と思うのです。


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# by melodynelson-2812 | 2011-07-20 18:06 | 東北復興へ向けて

東北六魂祭行ってきました。

 



 仙台で行われた    ”東北六魂祭 ” 日曜日に行ってきました。



六魂祭、御存知ない方はこちらから → 六魂祭



東北6県の代表的な夏祭りが仙台に一同に会する、ねぶたと七夕と竿灯が一度にみれる


そんな欲張りな祭りです。





誰が名づけたかは知りませんが




東北 六魂祭り



いい名前じゃありませんか。


6つの魂。 


5つでも7つでもなく6つ。


長年、ねぶた祭りをみたいと思っていた私には本物のねぶたとは全く違う規模とはいえ


憧れの祭りを間近でみれるまたとない機会!





でも・・・・



私は・・・・






人ごみが    大嫌い




寒さには耐性があるけど・・・




暑いのが   大嫌い




今話題の・・・



と言われる物に 興味無し



の私なので、普段ならば 絶対    



行ってみようなどとはおもわないのですが、



どうやら母が行ってみたい様子。



元々私と母は割りと、関係が淡白というか・・、



母は自分の交友関係を確立していて、地域の活動や文化活動を忙しいながらも



満喫していたので、私たちとの関係には割と淡白でここ数年は



”お互い楽しくやりましょう!”



という距離感を保っていたのですが、








今回の震災で母は親しくしていた友人を亡くし、また命は助かった方でも


遠くに引っ越したり、地元に残った人達は生活再建に忙しかったりして


以前自分が確立してきた交友関係を失ってしまい、たまの気晴らしにどこかへ


出かけたくても、出かけられないような状態のようなのです。





特にここ数年 ”楽しい事はいつも一緒” だったという友人を津波でなくし


”彼女と楽しめなくなったのが 寂しい、寂しい ”


と言っているのを何度も聞いているので、





ここは・・




行くべき!! と思い、



日曜日、朝から太陽が照りつける中 バスに乗って行ってきました。




仙台に着いて、6つのお祭りのパレードが見られる目抜き通りに着くと・・






人・人・人・人・・・・・・・






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今年は何かと大忙しの宮城県警が



拡声器を持って なにやら呼びかけています。


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いつかは本物を見たい、ねぶた祭りに欠かせない”はねっこ”と言われる踊り子達・・。


と・・・遠いなぁ・・・



あこがれの あの掛け声をかけてみたいけど・・



らっせらー らっせらー

らっせ・・・ら・・--
 らっせ・・・


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遠いな~・・


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今日の為にねぶた絵師が考案した


”津波に見立てた馬と闘う伊達政宗”の ねぶたはかろうじて見えた。


ねぶたがくるっと回る瞬間は、遠くからでも”なんだかすごい”事が感じられる。






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秋田の竿灯祭り。




見えづらいかもしれませんが、これこの巨大な灯篭を方の上に乗せて微妙なバランスを取って

います。



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すごい・・しなっていますが、ここで倒れるかと思いきや


絶妙なバランスを保ちます。


この竿灯祭りは遠くからでも 迫力が伝わります。



うーん、


秋田竿灯祭り、なんだかすごいです。



あんな重い物を持ち続けるなんて・・



力持ち053.gif




しかも、秋田といえば言わずとしれた 高美男・美女率県。



ということで、パレードが終わって人が少なくなってから



秋田男子(← 勝手に作った言葉です)


を間近で見ようと、竿灯祭り組の近くに行ってみました。( 勿論母も同じ下心。)


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うーん、精悍053.gif

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ハッピ姿と半ズボンも凛々しい。

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立ち去る 秋田男子達・・




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立ち去る 山笠ガールズ達・・・



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福島の わらじ祭り の方達。



巨大なわらじをかつぐという、 割りと地味な祭り



だけど・・・




ひと際 大きい拍手がわきあがり・・



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あちこちから



 ” がんばれよー! ” 


の声があちこちから上がる・・。






この後、近くの出店を見て周って帰りました。




暑かったし、あまりの人混みに疲れてしまいましたが



行った甲斐があった・・と思いつつ・・


しかし母の言葉に驚愕、




”私はねぶたも竿灯も実際に見にいった事があるからまあ、それなりに・・だけで


本物見たことない人には


面白かっただろうねぇ・・。”




  ? ? ? ?  




もしや、母を思いやったつもりだったけど、




こちらが思いやられていました ???? 
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# by melodynelson-2812 | 2011-07-18 21:49 |

2ヶ月経っての変化(石巻)

 

 私が5月に来た時と比べて石巻市の変化についての私見です。



まず、石巻(イシマキと仰る方がいますがイシノマキと読みます)と一口にいっても



平成の大合併で7市町村が合併しているので範囲はかなり大きい都市です。



よって、津波被害の度合いも地域によって全く違いますので、これはあくまでも私が



現在、いる辺りの様子です。





すぐに気づいたのは、




道や、たんぼに流出した車の数が断然に減りました。




5月の田んぼの様子


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7月の田んぼの様子


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まだ田んぼのあぜ道にいくつか車はありますが、以前のように田んぼのあちこちに


車が突っ込んで、まさに突き刺さるかのような状態の物はなくなりました。



田んぼのあぜ道を中学生が制服姿で自転車で駆けるのどかな風景の後ろに



車が突き刺さる非現実的な風景が広がるのを見る度に奇妙な気持ちになりました。



こんな非現実的な状態に一体みんながどれだけ耐えられるのか心配していましたが


そういう状況が改善されたのはちょっと安心です。








次に、住宅街のガレキが減りました。


5月の住宅街の様子


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 あちこちに手付かずのガレキが散乱していて、まさに



めちゃくちゃという言葉が相応しい状態。



7月の様子


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遠くから見るとわかりませんが、家のガラス窓は入れられてない状態で、中はめちゃめちゃ。




住宅街のガレキは撤去されて、


被害のあった1階部分を修理してすでに住み始めている方もいらっしゃいますし、


勿論、まだ手付かずで家が壊れたままの所もあり・・・



でも、大多数の家は住み始めるのか、修理をしてまた住み始めるのか決めかねている様子。


長年すみ始めた家を荒れ果てたまま、取り壊すのが忍びないのか・・


ガレキが撤去された後の破壊された家を可能な限り片付けた後と思われる家もありました。



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こんな物を発見し、



胸が痛む・・・。








住宅街のガレキは減りましたが・・・


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あちこちにこんなガレキの山があちこちに・・・。



このガレキ問題。



石巻市一つの市で3月11日のあとに出たガレキの量は


通常、市が出すガレキ量の106年間分に相当します。



そしてこのガレキの処理問題は、全く解決していません



被災地の復旧にはまだまだやるべきことがたくさんあります。



テレビではあれが再開したー、これは復興の第一歩だーという話しばかりしますが、


実際の状況は、 


ガレキの処理一つを取っても、


右のガレキを左に置いた、ただそれだけ


皆さん、どうぞこんな被災地の状況を知ってください。



まだまだ、長い道のりの最初の第一歩を踏出したばかりなのです。


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# by melodynelson-2812 | 2011-07-16 18:19 | 東北復興へ向けて

日本についてすぐに・・

日本に来ると ”ご案内” 攻めに発狂しそうになる。


今回は成田に着いてからの時間の節約を考えて

パリから羽田に乗り入れている日系の会社の便で来たのだけど

(それにしても成田から都内への移動がないというのは私のようにその後の移動が長い人にとっては最高に便利だ!!)049.gif


その機内でまず、

酩酊した男性やヘッドフォンからの音漏れにお構いなしの男性のイラストが

書かれた映像が流れて

”周りの方への配慮ある行動”をお願いされる。





羽田の荷物受け取り場では延々と”必要書類の記入・提出と手荷物検査上を通る

時は一旦停止ラインで止まれ”の案内がご丁寧に

日本語→英語→韓国語→中国語でのべつくまなく流れている。





受け取り場のトイレを使用する間だけでもこの案内攻撃に頭痛がしそうだったのに

一日中、あそこにいる係員の人は耐えられるのか?と余計な心配をしてしまった。 

これらの案内は本当に必要なのかと真剣に検討される事はあるんだろうか? 

静寂という権利を奪われる暴力性に苦情を言う人はいないのか?


と到着早々いつも考え込んでしまう・・。










当然ながら、日本ではフランスやスペインに比べれると日本は

福島原発関連のニュースも津波被害関連のニュースも格段に多い。

飛行機の中からすでに夢中でその情報をむさぼる。

外国に住んでいる人はインターネットなどで自分から情報を得ようとしない限り

はやっぱり、原発の被害の事も津波の事も遠い出来事になってしまうのかなぁ・・と実感。 





それと同時に身近な出来事として捉えようとする人にとってはこの距離感はじれったいもの

があるのだろうけど・・。


日本の雑誌、新聞を読んで早速気になった記事を紹介します。

一つは週刊文春に載っていた京都大学助教授の小出助教のインタビュー。

> 
いい”とか”大丈夫”とかそういう言葉自体が良くないと思うんです。
福島の事故以降要するに世界中が福島からの放射能で汚れてしまった。
放射線の被曝は多ければもちろん被害は大きくなるけれでも、少なくたって
必ず被害はある。”これより上は駄目だけど、これより下はいい”という線は
ひけないと私は思います。一人ひとりが自分はここまでなら我慢できると、基準を持つ以外ないでしょう

<中略>


国のやり方は、野菜なら”一キログラムあたり何ベクレル以上の物は安全です、とそういう二分法でいっているわけです。私はそんなものは、サイエンスで言えばまったく正しくないと思う。汚染度の高い物から低い物まで連続的に危険は
ある。それぞれの汚染度を表示して、それを自分がたべるべきかどうか、一人、
一人に選択してもらうしかないと思っています。






小出氏といえば、福島以降 その発言が注目されていますが

インターネットの中で、小出氏の発言の特に”数値的な事”ばかりを切り取って

安心したり不安になったりする風潮に疑問を持っていましたが、この方の発言の

重要な所は”一人一人に選択してもらう”という所にあるように感じます。

その選択の基準となる為に正しく、細かい情報が必要になる。という事。



私は福島原発以降この  


”選択”” 

自分の基準を持つ



という事が重要になるのではないかと思っていました。 



しかし、冒頭で述べた”ご案内”の垂れ流しに慣れさせられた人達にとって、

この与えられた情報を自分で分析して自分で基準を決めるというのは実は相当難しい

物であるとも思うのです。


不幸にして日本はこれから短くはない期間この放射線と付き合わざるを得ない


わけで、これから様々な場面で”選択””自分で判断”する力が求められるというのに

あいも変わらず”やれ、機内では酔っ払ってくだをまくな”だの

”荷物検査する時は前の人が済むまで一旦停止して待て”だのと子供にするよう

な案内やお願いをする状況に、私はイライラせずにはいられない。





何から何まで細かく指示する事をやめて、自分で判断する訓練をつけさせる方が

よっぽど国のためにもなるし、それに公共空間で落ち着いて過ごせるというものだ。







小出氏のインタビューを続けます。

農作物も同じですが、”放射能を食べたくない”と。でも、一般消費者が汚染食料は嫌だと拒否したら福島の農業、水産業は崩壊します。そんな事を本当に許していいのか。私は福島の一次産業を守らなければいけない、原発なんかにやられてたまるかと思うわけです。
一次産業をどんどん潰して原発がのさばってきたわけでしょう。人は年齢を重ねると放射線の感受性が下がってきます。55歳を過ぎたら平均的な人の100分の1くらいしか危険度はない。
私みたいに60を過ぎたらもうどうでもいいくらいのリスクしかない。
だから、子供達は守って、原子力を容認してきた我々の世代が食べれば良い、
というのが私の主張です。東京電力も政治家もみんな食べれば良い。
責任あるものが責任を果たすべきです





私が小出氏の名前を始めて知ったのは、忘れもしない福島の事故の後始めて発行


された”アエラ”の記事内で、アンケートに答える形での物でしたがあきらかに他の原子力工学や放


射線防御学の学者の答えとは違っていました。



学者としての知識だけではなくて、その解答に人間性の高さを感じさせる何かがありました。



そしてこのインタビューには小出氏のその人間性が現れていると思います。


数字や実験結果のみに執着するマッドサイエンティストタイプとは対極の暖かい人柄を


感じるからこそ、多くの人が氏の言葉に耳を傾けるのだと思います。





このブログの記事は新幹線の中で下書きしているのですが、


新幹線はまさに福島の駅に今、到着しました。

窓から、東北の美しい緑を車窓から時々見ながら小出氏の


福島の一次産業を守らなければいけない
原発なんかに負けるか。       という言葉




を何度も何度も心の中でつぶやいています。









追記:  ハエが・・半端ない・・・・。



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# by melodynelson-2812 | 2011-07-12 15:53 | 時事